33.偽りの終焉
拘束されたミレイアは、ガタガタと震え上がり、顔色は青ざめていた。
懇願するように宰相の方を見るが、彼は一瞥もせず吐き捨てるように言った。
「――役立たずめが。翡翠の瞳の子を産んだ君に役目を与えたというのに。全く役に立たないどころか、すべて明るみに出てしまったではないか」
「サヴェリオ様……! 私に仰ったことは全て嘘だというのですか……! 忌まわしき血を消せば、救われると……!」
言葉が、場に重く沈む。
「ミレイア、君を信じていたよ。装飾も、薬も――私を守るものだという君の言葉を疑わなかった。……しかし、君は私だけでなく自分の娘まで……宰相の言いなりになり、手に掛けようとした。それを、疑わなかったんだね?」
フェルミンが眉間に皺をよせ、声を絞り出す。
「私だけではなく、アリーチェや、オルドラン家に刃を向け、あまつさえ国まで欺こうとした君を――許すつもりはない。戻る場所はないと思え……!」
サラが一歩前に出て、凍てつくような目を向ける。
「奥様。あなたがなさったことの報いを、受けるべきです」
ざわざわとする玉座の間に、アウレリオの声が響く。
「――陛下、ご覧ください。これが……ウィンドミル王国を覆そうとしたものの姿です」
デルフィリア女王の表情が曇る。
顔は青白く、深いため息をつき、――そして、女王は声を落とす。
「なぜ、私が歴史書のように初代陛下の翡翠の瞳を持っていないのか。あまつさえその色は現在、忌まわしき色とされているのか、ウィンドミル王国の歴史改ざん、そしてその隠滅のために行われた今回の行状――裁定は後ほど行います。サヴェリオ・フランドル宰相とミレイア・オルドラン伯爵夫人を拘束し、牢へ――! そして、ファルネーゼ侯爵、オルドラン伯爵、私とともに王城の図書室へ来てくださいますね?」
アウレリオとフェルミンは深く一礼する。
ランプの灯りだけが揺れる図書室に、影が伸びる。
人払いされた図書室に、女王、アウレリオ、フェルミンだけが立っている。
図書室の窓辺まで進んだ女王は振り返り、声を落とす。
「……話してくれますね? この国の真実を――」
水を打ったように静まり返る図書室。
アウレリオが、歴史書とブローチ、その中のメモを差し出す。
「こちらが我がファルネーゼ家に伝わる歴史書と、オルドラン家に伝わるブローチと、手紙でございます」
そっと手に取り、読み進める女王の手が……次第に強く震えだす。
青白い顔のまま女王は呟く。
「五代前にあった王女の追放――そして、王位を継いだ王女は……王家の血を引いていない。そして、追放された王女の子孫が、あなたがた……。……この国は、偽りで塗り固められていたのですね……宰相は、あなたがたの血を消して、この国の歴史を完全に塗り替えようとした」
「ご覧の通り、王女の追放にも――フランドル家の者が関与しております」
女王は、震える声で、口を開く。
「私は……塗り替えられた血筋の女王。歴代の国王陛下――特に、初代リーサ陛下に、顔が向けられません。ウィンドミル王国は……歴史を改ざんされていた。それに私は今まで、気づかなかった……そして、国王として国の歴史改ざんの証拠隠滅のために行われた一連の事件に――気づくことさえできなかった」
彼女の目から涙が一筋伝う。
灯りが彼らを照らし――女王は顔を上げる。
「――私にできることは、翡翠の瞳は、忌むべきものではないと……正しい歴史を伝えること。そして――一連の事件に裁定を下すこと。お願いがあります。……裁定にあたり、あなたがたの意見も、聞きたいのです」
アウレリオとフェルミンの視線が一瞬沈む。
「――陛下、彼らは死罪すら生ぬるい……私はそう存じます。すべて失った上で生きることこそ……最大の罰だと……!」
アウレリオが絞り出すように答える。それを聞き、フェルミンも深く頷く。
そして、言葉を続ける。
「すべて失った上で……目論見が外れた世界を、この目に焼き付けさせることこそ、必要かと存じます……!」
彼の目からは涙がこぼれていた。家族を喪った痛みと、愛するものをこれ以上傷つけさせないという意思が、瞳に宿っていた。
女王はフェルミンに向き直り、問う。
「――オルドラン伯爵、あなたは……どう思われますか?」
フェルミンは唇を固く噛み締め、低い声を落とす。
「――私も、ファルネーゼ侯爵と、同じ考えです。……彼らは、死を与えることすら、生ぬるい……!」
女王は一拍置いて、深く頷く。
「――わかりました、裁定は、後ほど……」
深く一礼し図書室の外へ出るアウレリオとフェルミンの間に、言葉はなかった。
ただ、欺かれ、傷つけられた者への怒りと悲しみが、そこにはあった。
玉座の間に戻ると、拘束された宰相とミレイア、周りを固める兵の姿があった。
宰相の目はこの期に及んでまだ不敵な笑みを浮かべ、ミレイアの瞳は、色を失っていた。
「陛下は、どうされるおつもりか――?」
「まさか、宰相閣下が……では、ファルネーゼ侯爵の異名は――?」
玉座の間に控える文官のざわめく声が耳に入る。
アウレリオはそれを横目で一瞥し、先ほどの位置に戻る。
こつん……! と杖の音がし、デルフィリア女王が玉座の間に再度姿を現す。
ざわめきが突如として静まり返る。
「これより、国家の歴史改ざん、それに伴う一連の証拠隠滅について――裁定を下します」
女王の目が、宰相とミレイアを鋭く見据える。
「宰相サヴェリオ・フランドル。あなたは国家の歴史改ざんの隠滅のため、ファルネーゼ侯爵家を襲撃し、先代侯爵夫妻そして侯爵令嬢、侍女長を殺害させ……オルドラン伯爵家にはミレイア・オルドラン伯爵夫人を通じ、術を通じオルドラン伯爵とその令嬢――いえ、現在のファルネーゼ侯爵夫人を死に至らしめようとした」
宰相は口角を上げ、目を見開き笑っている。
女王はミレイアを見据える。
「ミレイア・オルドラン伯爵夫人。あなたは宰相に唆されたといえ、不貞をはたらき、一連の事件に関与し、夫だけでなく――娘まで手に掛けようとした。一連の件の罪は……重いと言わざるを得ません」
カツンと一度杖の音が鳴る。
「よって、以下の裁定を下します」
場が一瞬どよめき、しんとする。
「宰相サヴェリオ・フランドル、あなたの職は即時解任し、魔力を封印した上で――終身幽閉とします。そして、ミレイア・オルドラン伯爵夫人、あなたは地位剥奪の上幽閉。その後国外追放――以上をもって、この件の裁定とします」
宰相の目が一瞬喜びの色を見せる。死罪ではなかった、と。死より重いものを科せられたとは知らずに。
アウレリオは、それを黙って見つめていた。宰相の今の喜びは後に死より辛い絶望となるだろう、と。
そして、愛するものを虐げ、手に掛けようとしたミレイアに対しても、それは同じだった。
死は一瞬だ。しかしすべてを失い、真綿で締め付けられるように生き続けること――それを味わわせる、改ざんできなかった世界を、目に焼き付けろ。
彼はそのような目線で彼らを見下ろしていた。




