30.翡翠の決意
うっすらと目を開けると、アウレリオ様の瞳が私を今までになく近くで捉えていた。
彼の揺れる瞳に、涙が浮かび、ぽたりと一粒私の頬に落ちる。
「――アリーチェ! ……よかった! ……本当に……目が覚めて……!」
「アウレリオ様……ちょっと……痛いです」
身体が折れてしまいそうなほどの強い力で抱きしめられ、私はぽつりとこぼす。
彼は私を抱き寄せたまま、呟く。
「君まで喪ったら……俺は……!」
「もう大丈夫です――私は、いなくなりませんから」
その時、コホンとビセンテさんの咳払いが聞こえる。
「――若様。目覚めたばかりのアリーチェ様にそのようなことは……とにかく、お目覚めになられて、よかった……」
横でエルミラの瞳も揺れている。
「私も……このままアリーチェ様が目覚めなかったら……どうしようって……」
胸が、ぎゅっとなる。
「ごめんなさい、――もう、大丈夫です。私は、どこにも行きません。そして――」
「全てを明らかにして、終わらせる、と? 君の母も……罪に問われる。それでも、いいのか?」
アウレリオ様の心配そうな顔を見て、私は首を振り、答える。
「もう、いいのです。――罪は罪です。そして、私も、どのような結果になっても……受け止めます」
憎しみも、諦めもないと言ったら嘘になる。あの人は私の母だ――しかし、許せるわけでもない。
一拍おき、アウレリオ様に話す。
「……全てを、明らかにしましょう。そして――終わらせましょう。歪んだ歴史も、全て」
彼は「ああ」と呟き、頷く。
そして、私の方を見て――声を落とす。
「アリーチェは屋敷にいてくれ。俺が――王城に出向き、終わらせる。エルミラ、アリーチェのことは頼んだ」
「もちろんです。何かあったら私がアリーチェ様を守りますから!」
エルミラがにっと笑い、力強く答える。
「言うようになったな、エルミラ?」
アウレリオ様がエルミラに悪戯っぽく話す。おそらく、これが本来の「やんちゃ」な彼なのだろう。
(『あなたの一番近くにいる人を、信じなさい』ってお祖母様の言葉が、わかる気がする)
彼の見せた笑顔に思わず私の顔もほころぶ。
そして、今の私には立つ場所がある。この国境の町と、彼の隣で。
あたたかいこの場所で、私はこれからも生きていく。そして、守っていく。
お祖母様、エレノア様にルチアーナ様も見守ってくださっている。
窓を見ると「大丈夫」と答えるように、差し込む光が一瞬ふわりと光る。
ふと、アウレリオ様を見ると、彼は微笑みながらも、琥珀の瞳の奥に決意を灯して呟く。
「……大丈夫だ。必ず終わらせてくる。だから――待っていてくれ」
「はい……!」
私も、胸の奥が熱くなる。ビセンテさん、エルミラ、フリオさんも頷く。
「それでは王城に謁見の申し出をしてまいります。ご主人様は出立のご用意を――」
「わかった」
フリオさんが部屋を出ていったあと、私の胸がさらに熱を持ち、鼓動が早くなる。
(とうとう、始まる……もう、大丈夫。お祖母様、エレノア様、ルチアーナ様。見ていてください)
胸の前で祈るように手を組む。エルミラと、アウレリオ様がそっとそれに手を重ねる。
「――そろそろ夕飯の時間です。たぶん、アルヴィンも……いつもよりさらに腕によりをかけていますよ」
エルミラがにやりとする。調べている間にアルヴィンにも伝えていたのだろうか。
食堂に行くと、アルヴィンが腕組みをして、にかっと笑っていた。
「今日は前祝いってことで。――すべてが終わったら、パーっとやりましょう。遅くなったけれどアリーチェ様の誕生日パーティーも兼ねて!」
「――ありがとう、アルヴィン」
私が微笑むと、アウレリオ様のアルヴィンを見る視線が若干鋭くなる。そんないつもの光景が、あたたかい。
アウレリオ様が王城に行っている間、私がファルネーゼを守る。私が立つ場所を。
最初は政略結婚という形でここに来たけれど、ファルネーゼ領は、いつの間にか私にとって大切な場所になっていた。
このあたたかい空気を、人々を守って、彼の隣に立って生きていくのだ。
そして、彼は、悲しみ、そして歪みを終わらせに行く。
部屋に戻ると、扉を叩く音がして、アウレリオ様が入ってきた。
そして、静かに私を抱き寄せる。
私は、彼を見上げ微笑むと、彼の琥珀の瞳が揺れて、次第に近づき――唇が触れる。
――しばらく、そうしていたい。
そう思うほど、彼の腕の中は暖かく、お互いの鼓動の響き合う音が聞こえるかのようだった。
「もう、絶対、君に悲しい顔はさせない――そのために俺は行く」
「そして……喪った人たち、全てを照らす。あなたにも悲しい顔はさせません」
私たちは誓うように呟く。
もう一度、口づけを交わし――彼の腕の中で、眠った。
私の髪にそっと触れる彼の手は優しく、されるがままに触れられていた。
彼の瞳を見ると――涙が僅かに溢れている。
私はそれを、そっと拭った。
彼はここまでどれだけの寂しさと恐怖を背負ってきたのだろう。
悪名を囁かれても、耐えて生きてきたのだろう。
目の前で家族が殺されていた、あの日から――。
私はそんな彼をそばで支えて、生きていく。改めてそう心に誓った。




