23.繰り返さぬように
ゆらりと燭台の揺れる赤い装飾の部屋で、話し声がする。
「――で、オルドラン伯爵家からの報告は」
アウレリオは私室で、秘密裏に王都へ派遣した使者からの報告を受け、わずかに眉を寄せた。
使者は書簡を差し出し、声を潜めて告げる。
「……オルドラン伯爵家家令、アグスティン・フォルネル様、そしてメイド長サラ・フライレ様より証言が得られました」
アウレリオは書簡を受け取ると、それを開き、見据えるように読み進め――次第にその視線は鋭くなる。
「八年前、先代エウフェミア様が身罷られた後、伯爵夫人は王城近くに外出が増え、帰宅しない日もあり、夫人の装飾は家の経済状況にも関わらず、だんだん華美なものとなっている。差出人不明の贈り物が繰り返し届くようになった。――贈られてきたものには『同じ紋様』が彫られており、伯爵の私室に飾られた」
(やはり、転機は八年前か――そして『同じ紋様』の装飾)
使者が目を伏せながら、重い口を開ける。
「サラ様の話ですが、オルドラン伯爵の薬は――伯爵夫人が毎回薬師のもとから持ってこられていたとのことです」
「アリーチェは何も知らずにそれを毎回、伯爵のもとへ――?」
アリーチェがそれを知れば――きっと、自分を責める。これだけは明かしたくないとアウレリオは心の中で思う。
彼の琥珀色の瞳が僅かに揺れる。
使者が、更に重いトーンで話を続けた。
「サラ様から、ご主人様へ渡すよう言付かったものです――これは、アリーチェ様にもご内密にと」
アウレリオは受け取ったサラからの手紙を見て、さっと血の気が引く。
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――アウレリオ・ファルネーゼ卿。
謹んで申し上げます。
先日、奥様宛に届いた手紙を屋敷の掃除の際に見つけ、侯爵様のお耳にも入れておかねばと存じ、取り急ぎ筆を執りました。
宰相閣下と奥様の関係につきましては、すでにご承知のことと存じますが、宰相は、いずれアリーチェ様を標的とする意図をお持ちのようでございます。
『令嬢の誕生日祝いとして贈る予定』として装飾品を用意していたとのこと。
どうか、アリーチェ様を、お守りくださいませ。
――サラ・フライレ。
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(アリーチェ……! まさか……! 屋敷から出ないよう伝えて正解だった、ということか――)
彼の手の震えが強くなる。思考が、急速に巡り始める。
彼女の十八の誕生日は――こちらに発つ日だった。一歩間違えれば彼女の身も蝕まれていただろう。
そして、貴族の婚姻は王城にも伝わる。宰相は――必ず次の手を打ってくる。
「至急、フリオを呼んでくれ――! そして、ビセンテにもこの件を伝えてくれ」
アウレリオは使者に告げる。「はっ」と一礼し使者は部屋を、急ぎ出ていく。
――次はファルネーゼが狙われる。五年前のようには、させない。
今度こそ、大切な者と、ファルネーゼ領の民は守らねば、亡き両親と姉――そしてクロエに合わせる顔がない。
喪ったものの仇かは、まだわからない。
だが――相手は、確実にアリーチェを狙っている。
遠くから急ぎ走り寄る音が聞こえる――フリオか。
私室のドアが強めの音を立てて開かれ、フリオが息を切らし入ってくる。
「――お呼びでしょうか……!」
「フリオ、宰相はオルドラン伯爵夫人を通じ、アリーチェを狙っている。手を打たれる前に、証拠を掴む。屋敷の者にも内密に――屋敷内を探れ」
フリオの顔がさっと青白くなる。まるで五年前の惨劇を目の前にした時のように。
アウレリオはさらにトーンを落とし話を続けた。
「確信は持てないが、五年前の屋敷襲撃とこの件は――おそらく繋がっている。屋敷に痕跡がまだ残っているはずだ」
フリオが眉を寄せ、強い口調で答える。
「――承知しました。必ずや」
フリオが一礼し部屋を出ていき、室内に静けさだけが残る。
燭台がゆらり、ゆらりと揺れ、そして――彼の琥珀の瞳も揺れる。
じわり、じわりと――彼らを狙う気配が、すぐそこまで迫っている。
その危機感が、五年前の光景を呼び起こす。
まるで、今もそこにあるかのように。
彼は、喪った家族の肖像画を見つめ、心の中で問いかける。
(父上、母上、姉上……クロエ。俺は、どうすべきなのでしょうか。正しい答えを、選ぶことができるでしょうか?)
肖像画は黙って彼を見つめている。
(こういう時、父上はどのような選択をしただろうか。いや、聞くだけで叱られる――答えは、ひとつしかない)
彼の脳裏に、かつての父レイナルドの姿が浮かぶ。父は、背中で当主としてのあり方を教えてくれていたのだ――自らが犠牲になっても。
今度は、自身が選び、守る番だ。かつての惨劇を――繰り返さぬように。
彼は窓辺に行き、外を見る。夕闇に町の灯りがぽつ、ぽつと揺れている。
それは、進むべき道を照らすように、静かに揺れていた。
彼の脳裏に初めて会った時のアリーチェの瞳、そして、現在の彼女の姿が浮かぶ。
――絶対に、失いたくない。
彼は強く頷きゆらめく町の灯りをじっと見つめていた。




