20.血霞の真実
「今は誰もいない――少し、話をしようか」
アウレリオ様は、図書室奥の椅子に腰をおろし、落とすように呟いた。私はその横に座り、頷く。
「両親と姉が亡くなり、家督を継いだ俺は『身内ですら手に掛ける者』といつしか呼ばれるようになった――それが『血霞』の真実だ。俺は、爵位を継いだだけの若者で、それを覆す術を持たなかった。ただ、若輩者なりに――生きてきた。家族に恥じぬよう。父上には及ばないが」
彼は俯き、それでも話を続ける。
「そして、君に出会う少し前――フリオから追放された王女と翡翠の話を聞き、調べた。今の王家は、塗り替えられている。五代前、当時の国王が、後妻である元愛人の子を王にすべく、翡翠の瞳を持っていた先妻の娘である王太女エレノアとその妹の第二王女ルチアーナを追放した。そして後妻の子は――国王の子ではなかった。その事実を隠蔽するために翡翠の瞳は――災いを呼ぶ忌むべきものとされた」
私は、彼の瞳をじっと見つめ、頷く。
「お祖母様がかつて話していました。お祖母様のお祖母様が、かつて、王女であったと。そして――翡翠の瞳は誇るべき色だと」
「そう、アリーチェ。君の先祖がその王太女エレノア。そして俺の高祖母が、第二王女ルチアーナだ」
私は、お父様から託された翡翠のブローチを手に取り、彼に見せる。
彼は目を丸くしてそれを見つめ、微笑む。
「――俺達が出逢ったのも、翡翠の導き――こうなることは必然だったのかもしれない」
「ビセンテさんも、そう仰っていました」
私たちはくすくすと笑い合う。そして、彼は真剣な眼差しで話す。
「現在の王家の誰かが、俺達の血筋を消そうと動いている。それは確かだ。――だからファビオもこちらに呼び寄せた。アリーチェ、君のお父上、オルドラン伯が倒れられたのは――いつだか覚えているか?」
「八年前、先代の当主である祖母が亡くなり、父が家督を継ぎました。その後――病気がちになり、薬師も原因がわからないと。それで、治療費がかさみ、この現状です」
「おそらくだが――ファルネーゼ家は五年前に襲撃を受け根絶やしにされかけた。オルドラン伯の病気の原因も、毒、もしくは呪いのようなものと思われる」
私はここまで話していて、ふと、あることを思い出す。
(お父様が倒れられる前、あの人が指輪を贈っていた――その後、お父様は……いや、まさか)
私は思い出した瞬間、震えが止まらなくなる。線がまたひとつつながり、疑問が確証に変わっていくたびに、震えは強くなる。
「……アリーチェ? 急に震えて――」
「平気です。ただ、あることを思い出しました。父が倒れる前……贈り物をしない母が、父に指輪を贈りました。父は母からの贈り物を大切に指にはめていました。それからです。父が病に倒れたのは――」
彼は、納得がいったと言いたげに頷く。
「呪いの媒介――かもしれない。何者かが、それを通してオルドラン伯を……弱らせている」
私は全身からすうっと血が引いていくのを感じた。
(あの人がお父様を――? もしかして、あの人は王家の誰かと……通じているというの?)
母は八年前――お祖母様が亡くなるまで、表向きは『母』であった。あのような態度になったのは、お祖母様が亡くなってから。その前後に何かあったのは……不自然じゃない。
お祖母様が生きていた頃は、私には笑みを向けてくれなくても、攻撃的ではなかった。
八年前に、私の世界は――一度崩れたのだ。
私がふらりとしたところを、彼が抱きとめる。
そして、私は今感じたことを震える声で、言葉にした。
「信じたくありませんが……母が、王家の誰かと通じているのかもしれません」
「オルドラン伯爵夫人――一度、調べる必要があるな」
震える私を、彼は抱きよせ、声をかける。
「君も、ひとりで抱えてきたのだな……」
「あなたも、ひとりで戦ってこられた。ですが――これからは、私たちは、ふたりです」
彼を見上げ、視界が滲む。彼の目も、また、揺れている。
窓から差し込む光が、だんだん橙色が強くなり、壁のランプが揺れる。
私たちは、図書室の本を一冊、また一冊と調べた。
どれほどの時間が経っただろうか。ふと目をあげると、彼が机に伏せ、眠っていた。
(お疲れ様……です)
私は、図書室にあったブランケットを彼の肩にかけ、横に座った。
彼の長い睫毛が、揺れている。
彼の開いていた本には、『呪いの媒介』と書かれていた。
それは、限られた者しか使えない術式であり、その呪いは一見何かの病のような症状を見せ、見抜くことは不可能に近い。
(だから薬を投与しても良くならず――お父様は日々弱っていく。原因不明の病と扱われて)
ファルネーゼ家は武力によって滅びかけた。ならば、オルドラン家は呪いによってじわじわと真綿のように締め上げられている。
王家の誰かがやっているとしたら……誰が、このようなことをしているのか。そこまでして血筋を消す理由は何か。
歪められた真実は、じわじわと私たちに近づいてきている。それでも、私たちはもう、ひとりではない。
その時、図書室の扉がギィ……と音を立てて開いた。
「アリーチェ様、お父上のオルドラン伯爵様より――お手紙が」
そう言って封筒を持つエルミラの手は、何かを悟ったかのように震えていた。




