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翡翠の瞳は隠さない~虐げられた令嬢は辺境の地で溺愛されながら翡翠の瞳で真実を照らす~  作者: 凪砂 いる
第三章|血霞と翡翠

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18/45

18.五年前の惨劇

 五年前、ファルネーゼ侯爵邸。

 

 「――旦那様。本日夕刻には、アウレリオ様が王都からお戻りになられるかと……」

 「……あのやんちゃな息子も、成年式を機にしっかりしてくれればいいんだがな」


 会話を交わし、当主レイナルドと家令ビセンテがふっと苦笑いする。

 レイナルドとビセンテの悩みの種は、次期当主のアウレリオ。子供の頃からやんちゃで、港に行けば船に忍び込み、農園に行けば友人とこっそり果物を食べて叱られ、領主の息子とは思えぬ自由奔放さで彼らの頭は毎日ズキズキと痛みが走る。それがファルネーゼ家の日常だった。


 「――まぁ、お父様の目が黒いうちは、やんちゃなままでしょうね。いっつも問題起こすんだから!」


 やれやれと言わんばかりにアウレリオの姉、アデリナが肩をすくめて笑う。


 「お母様とクロエはどう思う? あの子、少しはしっかりして帰ってくるかしら」

 「……まぁ、あの子は気ままに見えて、周りのことは気に掛ける、そういう子だから――じきにしっかりすると思うわ」

 「そうですね。若様もやんちゃがすぎるところもありますが、芯は強い方ですし、何よりも仲間思いの方ですから」


 広間にあたたかい会話が流れているその時、カシャリと金属のかすれるような音が近づいてくる。

 ビセンテが、腰に装備した護身用の剣に手をかけ、静かに告げた。


 「旦那様、奥様、アデリナ様。お下がりください。――クロエは奥様とアデリナ様を、奥に」

 「わかりました……あ、あなた……窓に……!」


 空気がピンと何重にも張りつめ、金属音が近づき、窓がバリン! と大きな音を立てて割られ、ひとりの男が入ってくる。

 その剣は、どこかの家の紋章が入っているように見えたが、ビセンテが確認するより早く、男は剣を引き抜いて斬りかかってきた。


 「――奥へ! 早く!」


 ビセンテが応戦している間に轟音を立て、玄関の扉が吹き飛ぶように壊れ、侵入者がなだれ込む――身なりをみると賊などではない。どこかの家の、私兵だ。

 赤い、血飛沫が飛ぶ。ビセンテの肩から止め処なく血が流れる。

 それでも敵を見据え、剣を構える彼に、レイナルドが叫ぶ。


 「――ビセンテ、下がれ。アルセリア! アデリナ! クロエ! 早く、奥に……!」


 レイナルドが前に出て剣を振るうも、兵に取り囲まれ――刃が、彼を貫く。


 一瞬、何が起きたのか理解できなかった。

 

 奥へ逃げようとしたアデリナは、クロエを庇いながら魔法で応戦するも、横から侵入してきた兵に斬られ……崩れ落ちる。


 崩れるアデリナの手が、空を掴むように伸びる。

 何かを――届かない何かを。

 

 クロエは、アルセリアを守るように前に立つ。


 ――次の瞬間、ふたりの姿が崩れた。

 

 ビセンテは、よろめきながらも立ち上がる。

 それでも、敵から目を逸らさなかった。

 

 ――このままでは、屋敷の中も危ない。他の者を、離れに……。

 

 「侵入者だ! 屋敷の者は離れに――!」


 彼は力の限り叫んだ。家令として、これ以上の被害を出してはならない。それだけだった。


 「……おじいちゃん……?」


 廊下の隅に見習い侍女として屋敷に勤め始めた孫娘のエルミラが震え、うずくまっている。

 彼女に、冷静に伝える。祖父として、家を取り仕切る家令として。


 「――早く奥の離れに……」


 言葉が、一瞬だけ詰まる。

 

 「……逃げなさい。――そして……取り残されている者を見つけたら、離れに行くようにと、伝えなさい」

 「……はい……」


 震える声を上げ、エルミラは奥によろよろと走っていく。それを見て僅かに安堵する。

 エルミラを逃がし、屋敷を見て回る。広間は敵に包囲され、血の中にはアデリナを庇うようにクロエが、それぞれを庇い合うようにアルセリアとレイナルドが――倒れていた。


 ――守れなかった。しかし、これ以上屋敷に被害を広げるわけにはいかない。

 

 震える拳を握りしめ、ビセンテは奥へ行く。金属の音が彼を追い詰めるようにどこまでも追いかけてくる。


 奥に、離れを守る護衛のひとりがビセンテの方を見て、声を上げる。


 「ビセンテ様、屋敷の者は全員――!」


 彼は、満足そうに頷き、彼に告げた。


 「外に――もうじき戻ってくる若様とフリオに、伝えてくれ。屋敷が、襲撃されたと……!」


 護衛が一礼し、走り去るとビセンテは振り返り、近づいてくる追手を見据えた。


 追っ手のひとりが、ニヤリと下卑た笑みを浮かべ、言い放つ。


「ファルネーゼも……これで終わりだ。()()()の仰る通り、この国に残ってはいけない血がひとつ絶える……!」

「待て、……『あの方』とは誰だ。……誰の指示で……こんなことを……!」


 追っ手は嘲るようにビセンテを見る。ビセンテは、崩れそうになる身体を抑えるように、剣を構え直し、相手を睨みつける。


 一瞬、ビセンテがよろめいたその瞬間を敵は見逃さなかった。


 ――ここまでか。


「ファルネーゼは終わりだ……撤退するぞ!」


 兵のひとりが叫び、金属の音が遠のいていく。


 それと同時に、遠くから声がする。


「父上! 母上! 姉上! クロエ! ……誰が……こんなことを……!」


 静寂に包まれた屋敷にアウレリオの声が響く。


 ――若様……?


「誰か……! 誰か……! いないのか!? ……誰か……!」


 震えたアウレリオの声と足音が近づいてくる。

 ビセンテは遠のいていく意識の中で、呟く。


 ――ファルネーゼは終わっていない。若様が……いらっしゃる……。


 足音が、ビセンテの前で止まり、彼の上半身を抱き上げる。


「ビセンテ! ――まだ息がある。誰か……誰か……早くビセンテに治療を!!」


 はくはくとビセンテが声にならない声をあげる。


「若様……屋敷の者は……離れに……。私のことは……気にせず……」


 アウレリオは首を振り、その場でできる範囲で薬草を処理し、塗りつけビセンテの止血を試みる。


「――これ以上……屋敷の者は死なせない」


 そう強く話す彼の視線の奥には、怒りと、復讐の色を宿している。

 ビセンテは、遠のく意識で、アウレリオに諭すように話しかける。


「若様……怒りにのまれてはいけません……、怒りは……視界を曇らせます。何をすべきか……おわかりですね……?」


 アウレリオは走り去り、遠くでフリオと話す声が聞こえる。


 窓からは夕闇が差し込み、廊下の燭台がゆらゆらと揺れていた。

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