第三十六話 無責任な大人たち
職員室は辻村と野々宮二人きりだった。
二人も悠長なことはできないが静かな環境が一番良い。
教員は減ったが他校とオンラインで繋げることによってなんとか授業できる環境にはなった。来週分もスケジュールを合わせてやらなくてはならず二人であーだこーだと授業内容を組み立てる。
「なんかゼミのペア発表のときもこんなことしなかったっけ?」
「したした。琥太郎がこうやってあーだこーだ言って……」
「陸が発表のときの質疑応答に教授から何言われても冷静に返答してて……今思うとその時のチームワーク活かされてるねぇ」
「大人になってからもやるとは思わなかった……てか教師辞めようと思ってんの、実は」
「へ?」
突然の野々宮の告白に辻村の手は止まる。
「……だって琥太郎はこの仕事春までだろ? お前がいたからやってかれたわけでいなくなったらどうしようって」
「おいやめてどうする? 公務員だろ? それに辞めてどこ行くんだよ」
すると野々宮が辻村を指差す。
「君の相棒になる。フリーの探偵なんだろ? 力になるよ」
「あー……その方法がありますか……」
「それに今回みたいに教師として派遣されるケースもあればできるだろ?」
「まぁ、そうだけど……大変だけどいいのか?」
野々宮は辻村にそう言われてンー、と考える。
「辞めとけ辞めとけ……教師で十分だ」
辻村は椅子にもたれ、蛍光灯の白い天井を見上げながらつぶやいた。机の上にはプリント類や、時間割の控えが散らばっている。
野々宮が、ペンを持っていた手を止め振り返る。
「……辻村ったら、結局三月までに解決せずに去るつもりかよ? 」
そう言われた辻村は、口元をゆるめて笑いながらも、視線はどこか遠くを見ていた。
「無責任な大人ばっかでさ……可哀想だよ、生徒たちは。ここだけじゃないと思うけどな。どこだって、結局守ってくれる大人なんていないんじゃないかって……そう思わせることのほうが多いんじゃないか」
静かな職員室。窓の外では夕陽が校庭の鉄棒を長く照らしていた。
野々宮はしばらく黙っていたが、やがて少し笑って、
「……だよな。だから――僕は教師、辞めないよ」
辻村が少しだけ、目を丸くした。
「おや、さっきまで悩んでた人が急に覚悟決めた風だな」
「お前がいたから、何とかやってこれた。でも、いなくなるからって辞めてたら、誰が生徒を見んだよ。今残ってる生徒たちが、新しい一年生たちが――安心してこの学校で過ごせるようにするためにさ。俺が辞めてどうする」
その言葉に、辻村も少しだけ肩の力を抜いたように笑った。
「じゃあ、俺も延長してもらおっかなー。ここにいたほうが安心だし」
辻村はイスに深く腰掛け直すと、少し真剣な目つきで言った。
「でも、まだ一つだけ……どうしても引っかかってることがある」
「……またかよ、今度は何だ」
野々宮が呆れたように聞き返す。だが、辻村はふっと目を細めて、今度は逆に問いかけた。
「……お前さ。どうして“心中姫”を、そこまで大事にして、引き継いできたの?」
職員室の時計が、カチ、カチ、と静かに時を刻む中、野々宮の手がふと止まる。




