第三十四話 残り一つ
数週間後。学校に刑事が来ていた。
「心中姫」の件については、あの日、台本や衣装がすべて焼却炉で処分された。
火を入れたのは田所夫妻。とくに節子は、どこか晴れやかな表情をしていた。
もちろん、卒業生や関係者の中には、その行為にショックを受けた者もいた。
だが、夫妻が謝罪の言葉を述べることはなく、それでもふたりは変わらず、学校で用務員として働き続けるという。
「ここの用務員として生きていくこと。それが、自分たちなりの“罪滅ぼし”なのかもしれません」
野々宮が、静かに呟く。
「ですが――」
と、刑事が頷いた。
「その後、田所信作が逮捕されました。門倉の遺体遺棄の件で」
その話を、野々宮と辻村は今朝になって知ったばかりだった。まさか信作が――という思いが、まだ胸の内でくすぶっている。
「現場に残されていた足跡が、業務用の長靴のものだったんです。それが信作の履いていたものと一致した」
野々宮が眉をひそめる。
「言ってたな、藤守が立ち去った後に死体がなくなったと。その門倉先生の遺体を……運んだって、それは……相当な話だな」
「最初はね、藤守が脅して手伝わせたんじゃないかと思ったんですよ。でも、調べを進めるうちに、もっと深い事情が見えてきました」
刑事は少し間をあけて言う。
「信作は……藤守先生の実の父親だったんです」
「……父親?」
思わず野々宮が聞き返す。だが、すぐに思い出した。
「ああ……たしかに藤守は、“父親の不倫が原因で家庭が壊れた”と、以前酒の席で話していました。信作が……その父親だったと?」
「ええ。でも、藤守は遺体を生き別れた父親、信作が運んだというその事実を知らなかったようです。
夏休みの終わりごろ、藤守は門倉と今後のことで口論になり、衝動的に突き飛ばしてしまった。殺意はなかったと本人は言っていますが、どうしていいかわからなくなった。
そのとき、たまたま校舎裏で作業をしていた信作が息子である藤守が門倉を殺した瞬間を遠くから見ていた」
「……そして信作は、藤守がいなくなった時に運んだと……ああ、あのいつも運んでいるゴミ入れに入れて運んだのか……1人で……」
いつも重そうに、でも器用に運んでいたあのゴミ入れ。そういえばと先日の心中姫のゴミを捨てる時も……。
「ええ。1人で、と。妻の節子はアリバイはなかったものの知らないと。立証はできなかった。
信作は名乗らなかった。“いまさら名乗ったところで、息子を余計に苦しめるだけだ”と思ったのかもしれません」
「…………」
「信作にとっては、自分の息子。
せめてもの償いとして……ただ黙って、遺体を運んで埋めた。そのときに腰まで痛めてしまったそうです」
刑事課はふぅっと、重い息をついた。
「……血のつながりって、救いにもなるけど、時には呪いにもなる。“心中姫”を無かったことにしたところで、人間関係も、血縁関係も……そう簡単に断ち切れるものじゃないんでしょうね」
しばしの沈黙のあと、野々宮がぽつりと呟く。
「だから……節子さん、吹っ切れたような顔をしてたんですかね……」
そういえばと辻村。
「屋上の鍵……開いてたよな」
「藤守が信作に頼んで開けさせたらしい。“早朝にちょっと確認したいから開けておいて”とだけ言って。信作もまさか、そんなことに使われるとは思ってなかったとね……」
なんてことだと辻村と野々宮は声が出なかった。




