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9.運命

 翌日、スカイとモリーは街に買い出しに出かけた。

 ヤンは作業小屋で農機具の手入れをしていた。

 ニナは友達の家に遊びに行った。

 今日は一日農作業をしなくていいルチアは昼食用のサンドイッチとお茶を持っていつもの木陰にシートを敷き、本を読んでいた。

 もちろん傍にはリベルもいる。


《今日も公爵は来ますかね》


 ルチアはリベルの言葉に胸がドキンとなって持っていた本を落とした。


《ルチア、どうかしましたか?》


「リベル、敬語使うのやめよう。前世の黒紫竜はオラオラ系だったからなんか違和感感じるのよね」


 ルチアはフィデスの話題を避けるために別の話題に変えた。


《そうですか…善処します》


「うん、お願い」


 ルチアは再び本を読み始めた。

 穏やかな田園風景に馬の蹄の音が響いた。


《公爵が来たみたいです……みたいだ》


 ルチアは本を顔に近づけて知らぬ振りをした。

 馬が近くまで来て止まった。草を踏みつける足音が近づいてくる。

 ルチアはドキドキしながら視線を本から離さなかった。

 足音が止まった。

 ルチアはチラリと本の向こうを見た。ピカピカのブーツを履いた脚が見えた。

 フィデスはルチアを見て釘付けになってしばらく動かなかった。

 ルチアはどうしたのだろうと上目遣いで本を隠れ蓑にしてフィデスを見た。

 フィデスはルチアと目が合ってようやく言葉を発した。


「やあ、ルチルアーヌ嬢、本を読んでいるところをお邪魔してもよろしいかな」


 フィデスはかがんでルチアの顔を覗き見た。

 ルチアはびっくりして本を落とした。

 フィデスは本を拾い上げ表紙を見てからルチアに差し出した。


「すまない。驚かせてしまったようだな」


 ルチアは首を横に振った。


「リベルの横に座っても?」


 フィデスが尋ね、ルチアは頷いた。


「この間はスカーフを頭に巻いていたから気が付かなかったが、ブルーシルバーの髪なんだな。碧眼だし…珍しいな。家族とは似ていないな」


 フィデスはルチアをじっと見つめて言った。


「……わたしは捨てられていたのを今の両親に拾われたんです。だから似ていなくて当然です」


 ルチアは本を抱えて視線を落として言った。


「失言だった。申し訳ない」


 フィデスは困惑した顔で謝った。

 ルチアは貴族が謝るなんてと思い驚いた。


「いいえ、公爵様。みんな知っていることですし、そのことで不幸を感じたこともありませんので謝らないでください」


 ルチアが俯いたまま言うとフィデスがルチアの手を取って言った。


「わたしのことはフィデスで構わない。その代わりルチアと呼んでもいいかい?」


 ルチアは思わず手を引っ込めて言った。


「そんなわたしのような平民が公爵様を名前呼びするなんて滅相もない…」


 ルチアはやっと顔を上げてフィデスを見た。二人は目が合った。

 その瞬間ルチアは何か大事なことを忘れているような気がした。


「……わたしたちは以前どこかで会ったことがある…?」


 フィデスはルチアを見つめながら小声で言った。

 フィデスも何かを感じたのだとルチアは思ったが、ルチアはこの領地から一歩も外に出たことはないので、会ったことはないはずだ。

 リベルは前世で会ったことがあるのだと思った。となるとやはり神ユピテルはフィデスの前世か。だが神が人に生まれ変わることがあるのだろうかとリベルは疑問に感じた。


 フィデスがルチアを横目で見ながら聞いた。


「君はアルカナ聖国って知っているかな?」


 ルチアは頷いた。


「わたしはこどものときに本で読んだのだが、アルカナ聖国の初代の聖女がブルーシルバーの髪に碧眼だったそうだ。そして契りを交わした竜が黒紫色をしていたと書いてあった」


 フィデスは空を見上げて語った。


「わたしはこどもながらに竜と聖女に憧れを持った。この地上界を魔王から救った彼女たちにね。わたしも強くなろうと思ったよ。いつか魔王が再びこの地上界に現れたとき、聖女や竜と共に戦おうと幼心に誓ったものだ。大人になるにつれてだんだんと忘れていったがな」


 フィデスはルチアの方を見た。ルチアは前世の自分の話がまさかフィデスの口から出るとは思わず、少し照れて俯いていた。


「こんな話、面白くなかったな、すまない」


 フィデスはルチアが俯いているので退屈していると思って謝った。


「いいえ、そんなことありません!俯いていたのは少し恥ずかしかったからです」


 ルチアは顔を上げてフィデスを見て言った。

 フィデスは不思議そうな顔をして言った。


「恥ずかしい?」


「あ、えと、兄以外の若い男の方とこうして話をしたことがなかったので…」


 ルチアは本当の理由が言えないので別の言い訳をした。

 フィデスは昨日ニナが、ルチアに男が近づかないようにスカイが睨みを効かしていると言っていたのを思い出した。


「お兄さんがガードを張っているんだったな。今日は大丈夫なのか?」


 ルチアはスカイのガードとは何のことかわからなかったので首を傾げながら黙ってフィデスを見た。


「ああ……君は知らないとも言っていたな。いや、忘れてくれ」


 ルチアは訳がわからなかったが、頷いた。


「それで先程の話の続きだが、先日黒紫の竜を見て思い出したんだよ。そして今日ブルーシルバーの髪と碧眼の少女に出会ってこれは運命かもしれないと思った」


「わ、わたしは聖女でも何でもありません……公爵様の運命に…わたしは関係ないと思います……」


 ルチアは真剣な眼差しで見つめてくるフィデスにドキドキしながらも、平穏な日常生活を壊したくはないので否定した。


「そうだろうか?」


 フィデスがそう言ってルチアの顔に手を伸ばしかけたとき、遠くからルチアを呼ぶスカイの声がした。

 フィデスは立ち上がり「また明日」とルチアに言って馬に乗って駆けて行った。

 ルチアはフィデスが見えなくなるまで目で追った。


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