10.公爵からの贈り物
翌日の昼過ぎ、オストラル伯爵からの使者が馬車に乗ってルチアの家にやって来た。
ルチアとヤンは伯爵邸に呼ばれたのだ。
スカイはルチアが行くことを反対したが、領主命令に逆らうことなどできるはずがない。
スカイも同行すると言ったが伯爵家の使者に拒否された。
ルチアとヤンは伯爵家の馬車に乗り伯爵邸に向かった。もちろんリベルも一緒である。
伯爵邸に着くと応接間に通された。
応接間には美しい調度品や絵画が所狭しと飾られていた。
調度品も絵画も一つ一つは素晴らしいものであるが、こうも一貫性がなく並べられると逆にガラクタに見えてしまうとルチアは思った。
しばらくするとオストラル伯爵が応接間に入って来た。
ルチアとヤンは頭を下げた。
「やあ、待たせたな。そんなに堅苦しくしなくとも良い。まあ、座りたまえ」
伯爵はそう言いながらソファに深く腰掛けた。
ルチアとヤンもソファに座り、浅く腰掛けた。
「他でもない。今日呼んだのは先日の返事が聞きたいと思ってな。あれから4日目だ。そろそろ考えがまとまっただろう?」
ルチアとヤンは顔を見合わせた。ヤンは好きなようにしなさいとでも言いたげな顔だった。
ルチアはおもむろに口を開いた。
「……申し訳ありません。まだ決めかねています…」
「そうか…しかし後三日もすれば閣下はここを絶たれてご自分の領地に寄ってから王都に帰られる予定だ。準備もあることだし、ここで決めてもらえるかな」
伯爵の言葉は選択をさせるような言い回しだが、口調は有無を言わさないように感じた。
この場に肝心のフィデスがいないことにルチアは違和感を感じた。
「…あの、公爵様はいらっしゃらないのですか?」
「ああ、閣下は朝から出かけていてまだ帰って来ていないな」
伯爵はお前如きがフィデスを気にかけるなと言わんばかりに冷たく言い放った。
ルチアがどうしようと悩んでいたらリベルが声をかけてきた。
《ルチア、馬の蹄の音がした。おそらく公爵が帰って来たと思う。もうしばらく沈黙を続けて》
ルチアは頷いた。
ルチアが何も言わず俯いていると伯爵は珍しく苛立ったようにヤンに言った。
「ヤン、この間も言った条件は守ると約束しよう。かなりいい条件だと思うが、まだ何か不満があるのかな」
ヤンはチラリとルチアを見て伯爵の方を見た。
「いえ、不満などこれっぽっちもありません。いい条件だと思っています。ただ娘の気持ちを尊重したいのです」
伯爵はルチアを見て何か言おうとした。そのとき応接間の扉が開いてフィデスが入って来た。
「オストラル伯爵、条件とは何です?」
フィデスは伯爵を鋭い目つきで見ながら言った。
「こ、これは閣下、お帰りでしたか……いえ、その、こちらのお嬢さんが閣下の屋敷に行けば、悪いようにはしないと…」
「わたしは強制はしたくないとお話したはずですが?こんなところまで呼びつけて何の真似ですか?」
フィデスはかなり怒っているようだが冷静にかつ丁寧な言葉を並べていた。
「わ、わたしは閣下のことを思って…」
伯爵は汗を拭きつつしどろもどろ答えた。
「わたしのためですか?なら関与していただかないほうがわたしのためです。以後この件については口出ししないでください」
フィデスはキッパリ言った。
「わかりました…」
伯爵はバツが悪そうに応接間を出て行った。
フィデスは伯爵が出ていくとルチアとヤンに向かって頭を下げた。
「申し訳ない。わたしが我儘を言ったせいであなた方を振り回してしまった」
「公爵様。わたしどもの様な平民に頭など下げないでください」
ヤンが慌てて立ち上がりヤンも頭を下げた。
「貴族も平民もありません。迷惑をかけたなら謝るのは当然です」
フィデスはそう言ってもう一度頭を下げた。
ルチアはこの人ならついて行ってもいいかもしれないと思ったが、今ので伯爵の条件は白紙になったわけだから行くメリットがなくなった。
ルチアはホッとしたのと同時に少しがっかりもした。
「今日も畑に出向いたがリベルもルチアもいなかったので住居を訪ねたのだ。そうしたらルチアのお兄さんがこっちに行ってると教えてくれて慌てて戻って来た」
フィデスは微笑みながら小さな箱を取り出した。
「午前中は街に買い物に出掛けていて、その、珍しい宝石があってルチアとリベルに似合うなと思って思わず買ってしまったんだ。よかったら受け取って欲しい」
フィデスはそう言って小箱開けた。
中にはとても美しい緑と金色が混ざってような透明感のある宝石のネックレスと首輪が入っていた。その宝石はリベルの瞳によく似ていた。
「こんな高価なもの受け取れません」
ルチアは困惑した。
「いや、恥ずかしながらこれはグリーンアンバーと言って琥珀の中では珍しい色だがそれほど高い宝石ではないんだ。これは君たちと巡り会った記念に受け取って欲しい」
ルチアはヤンを見た。ヤンは微笑みながら頷いた。
「わかりました。ありがとうございます。リベルにつけてあげてくれますか?」
「いいのか?」
フィデスは嬉しそうに言って首輪を手に取りリベルにつけた。
「この首輪は伸縮性に優れているから多少大きくなっても大丈夫だと思う。ルチアにもつけていいかな?」
「え…」
ルチアが返事をする前にフィデスはネックレスを持ってルチアの後ろにまわり、ネックレスをルチアの首にかけた。
「とてもよく似合っている。リベルも主人とお揃いで嬉しいだろう」
リベルは「キュウ」と鳴いて愛想をした。
ルチアは胸の高鳴りが止まらなかったが、何とか平静を装い、礼を述べた。
フィデスは馬車で家まで送ってくれた。その際に自分の領地に急用ができたので明日ここを発つから会うのは今日が最後だと言った。
ルチアは妙に寂しさをお覚えたが、フィデスの優しさと美しさに惹かれただけで、すぐに元の生活に戻るだろうと思った。




