79.刺客に襲われる
ルチアが聖女であるという記憶を消してから数ヶ月が過ぎた。
見つけた者勝ちとばかりにまだ聖女を探している貴族や各国の王族がいるようだが、ほとんどが大々的に探すことはやめていた。
平民の間では、聖女は天界の者で魔王を倒し役目を終えたので天界へ帰ったのだという噂が広まっていた。
そしてもう一つの仮説があった。
実は聖女は女性ではなく、男性だったという説だ。
伝説のように聖女に扮して魔王を倒したものの、国王と婚約させられそうになったので男性姿に戻って身を隠したという話だ。
この説が出たのは、リベルがペルデルを乗せてアルカナ聖国から帰って来るのを見た者がいたからだ。
「ちょっとルチア、聞いてよ。今日もどこかの国の貴族が訪ねて来たんだよ、聖女じゃないかって。そんなの知らないって突っぱねたけど、また来るって言ってた。ほんともういい加減に聖女探しはやめてもらいたいよ」
ペルデルが紅茶をテーブルに置き椅子に座りながら言った。
ルチアは買い物ついでにペルルのケーキを公爵家の使用人に買って帰ろうと、ペルデルの店に寄っていた。
「あ、この紅茶わたしの奢り、飲んで。今ケーキ詰めてるから待ってて」
ルチアは紅茶を一口飲んで言った。
「ペルデルが店を閉めてアルカナ聖国に行ってから聖女が現れて、聖女が行方不明になってすぐに店が再開されたから……それにペルデルの美貌なら女装しても男性だとわからないと思う人も多いでしょうね」
「はあ〜」
ペルデルは迷惑そうな顔でため息をついた。
「わたしの目の前にこんなに美しい本物がいるのにね」
ペルデルはルチアの髪を指に絡めながら言った。
「ペルデル、そういうことは言わないで」
ルチアはペルデルの指を弾いて言った。
「ごめん……ところで公爵様との婚約はどうなったの?」
「……まだ進んでないわ。わたしが平民ということが弊害になってて……反対する一族が多いのよ。公爵様は爵位を捨てるとまで言ってくださっているのだけど、そこまではさせられないし」
「どこかの貴族の養女になるって話は?」
「それもなかなかね……公爵夫人を狙っている一族や他門の令嬢が大勢いるから、わざわざ敵対してまで平民を養女にして公爵夫人にさせようという貴族はいないみたい」
ルチアは少し寂しそうに笑った。
「ルチア……わたしとしては婚約しない方が嬉しいけど。わたしがいつでも嫁にもらってあげるよ」
ペルデルはの声は冗談が滲んでいたが、瞳は真剣だった。
「あのねペルデル。わたしは公爵夫人になりたい訳じゃないのよ。公爵様のそばでいられるだけで幸せなの。結婚できないからって他の人に嫁ぐなんて考えられないわ」
ルチアは優しく微笑みながら毅然と言った。
「…そっか、残念。でもわたしもルチア以外考えられないから、いつまでも待ってるよ」
ペルデルは今度は真面目な言い方をしてルチアを見つめた。
その憂いに満ちた美しい顔の目に見つめられると流石のルチアもドギマギした。
「あ、箱詰めできたみたいだね」
ペルデルは椅子から立ち上がりウエイターから箱を受け取った。
ルチアはペルデルの視線から解放されて安堵した。
「結構数あるけど、一人で大丈夫?」
「ええ、すぐ近くに馬車を停めてあるの。また来るわね、ペルルのケーキ、公爵家のみんな大好きだから」
「馬車まで運ぶの手伝うよ」
「ありがとう」
ルチアとペルデルが店から出ると、公爵家の馬車の御者が飛んできてケーキの箱を受け取り馬車に積んだ。
「じゃあ、また来てね、ルチア。いつでも歓迎だよ」
「ええ、新作スイーツ楽しみにしてるわね」
ルチアは馬車に乗り公爵邸に向かった。
人通りのほとんどないところに差し掛かったとき、馬車が急停車した。
ルチアはまたかとため息を漏らした。
「ルチア様!刺客です!お逃げください」
御者が叫んだ。
《え〜、またなの?》
カバンの中に潜んでいたリベルが言った。
「ちょっと行って来るね」
ルチアは馬車から降りて刺客に向かってスペルを唱えた。
「ルストラーレ!」
刺客たちはバタバタと倒れた。
今日は八人もいる。
「テルポルタティオ!」
刺客をどこかの山の中に瞬間移動させた。
御者にも力を使い、今起こったことの記憶を抹消した。
少しして目を覚ました御者が寝てしまっていたことをルチアに謝り、狐につままれたような顔をしながら馬車を走らせた。
《今日で刺客に襲われるの、何回目?》
「うーん、七回……八回目かな」
ルチアはうんざりした顔で言った。
《懲りないね、と言っても刺客がルチアに浄化されてるなんて首謀者は知らないから、襲撃してないと思って何度でも襲って来るんだろうね》
「そうね……いい加減誰が首謀者か突き止めて浄化した方がいいかな。わたしだけならいいけど、誰かが巻き込まれると申し訳ないから」
《どうせフィデスとの結婚を阻止しようとしているどこかの貴族だよ。平民一人の命なんて軽く考えてるんだろうね。フィデスに相談したら?》
ルチアはフィデスに相談したときのことを考えてみた。
フィデスはルチアの命が狙われたと言ってきっと大騒ぎするだろう。
「公爵様に相談したらきっと大袈裟に動くと思うのよね。あまりことを荒立てたくないわ。浄化すれば済む話だし、それに……」
ルチアはタラン国の王太子に誘拐されたとき、フィデスが頭に怪我を負ったときのことを思い出していた。
「いくら神の生まれ変わりだといっても公爵様は今は生身の人間。無茶をして怪我でもしたら嫌だから」
《どうやって首謀者を突き止めるつもり?》
ルチアはまた考えた。
「刺客を捕まえてみようと思うの。ただしわたししかいないときに襲撃されたらね。今日みたいに御者とかいたらすぐに浄化しないと危険でしょう」
《刺客を捕まえて首謀者を吐かすんだね》
「そうね、吐いてくれたらいいけど、貴族が雇う刺客なら口が硬いか、正体を隠している可能性もあるから力を使って聞くしかないかもね」
《首謀者が複数だったら?公爵夫人を狙っている貴族はいっぱいいるんでしょ》
その可能性の方が大きいなとルチアは思った。
《その度に捕まえて首謀者を吐かせないと》
「はあ〜、いつになったらスローライフ楽しめるんだか……」
ルチアは何度もため息を漏らした。
《さっさと結婚しちゃえば?そうしたら向こうも諦めるんじゃないかな》
「まだ成人してないから無理だし、平民のままでは認められないから」
《じゃあ、いっそのこと成人まで身を隠したら?その間にフィデスに養女先を探してもらって》
「…それいいかもね。結婚できるようになるまでどこか旅に出て身を隠しておこうかしら。公爵様には命を狙われていることは言わずにリベルと旅したいって言ってみるわ」
《あ、ほんとそれいいかも!ルチアといろんな国見てまわりたいな》
ルチアは公爵邸に戻ったらフィデスに相談しようと思った。
次回でとりあえず完結です。




