78.公爵が家族に宣言
ルチアたちは食事を終えて応接室に行った。
フィデスが応接室でお茶を準備して待っていた。
「ゆっくりと食事を楽しんでいただけましたか?」
フィデスが聞くとヤンが恐縮しながら言った。
「公爵様がわたしどもに敬語なんて使わないでください。ルチアはただの使用人なのにこんなによくしていただいて本当に感謝しております」
聖女からただの使用人になったんだわとルチアは思った。
「そのことなんですが、ご両親にはお話しいておきたいことがあるのです」
フィデスはそう伝えると横に座っているルチアの顔を覗いて頷いた。
ルチアも頷き返してから、照れを隠すように俯いた。
「わたしはルチアとの結婚を望んでいます」
フィデスが言うとニナ以外みんな驚いた。
ニナは当然でしょとでも言うような顔でニヤニヤしていた。
スカイが拳を握りしめて立ち上がった。
「スカイ」
隣に座っていたヤンがスカイの背中をポンと叩き、座るように促した。
「公爵様、ルチアは平民です。公爵家に嫁ぐなどということはできないはずです。正式ではなく妾という形ならルチアが哀れでわたしどもは承諾できかねます」
ヤンは失礼のないような言い方だったが、フィデスをしっかりと見据えて言った。
「妾などとは考えておりません。もちろん正妻です。ルチア以外に妻を娶る気もありません。確かに今の制度では上位貴族と平民の婚姻は認められていませんが、そんなおかしな制度廃止にするか、わたしが公爵位を捨てるか、ご両親さえ良ければルチアをどこかの貴族の養女にしてもらおうと考えています」
ヤンもモリーも顔が綻んだ。
「そこまで考えてくださっていたとは……失礼なことを申し上げてしまいました」
ヤンが頭を下げた。
「ルチアのことを心配しての発言だと重々承知しています。だから頭上げてください」
「ルチアのことをどうかよろしくお願いします」
モリーがそう言ってもう一度頭を下げた。
「必ず幸せにします」
フィデスはルチアの肩に手を回し引き寄せながら言った。
スカイは下唇を噛み締めながら目を閉じて横を向いた。
ヤンはそっとスカイの背中を撫でた。
翌朝早く、公爵家の馬車でヤンとモリーとスカイは帰って行った。
ルチアとニナは見送りをしてから庭園のガゼボで一緒に朝食を食べた。
「ルチア姉、今日出かけられる?王都にできたペルデルの店に行きたいんだけど」
「ああ、ペルルね。公爵様に聞いてみる……あ〜〜〜っ!」
ルチアは持っていたパンを落として叫んだ。
「何⁈ どうしたの、ルチア姉?」
ペルデルはアルカナ聖国にいるままだ。
ルチアはすっかり忘れていた。
竜たちもいないのにペルデル一人でどうしているだろうと心配になった。
「ルチア姉…?」
「あ、え、ごめん。ペルデルは旅に出るからと今お店開いていないんだった」
《アルカナ聖国にいるもんね》
ルチアの足元でパンを食べていたリベルが言った。
「え〜、そうなの?ペルデルに会いたくて王都に残ったのになぁ」
「…ごめん、ちょっと用事思い出した。すぐ戻って来るからニナは食べていて。リベルも来て」
ルチアはそう告げて急いでフィデスの元へ行った。
フィデスは部屋で朝食を摂っていた。
「公爵様、大変です!ペルデルのことをすっかり忘れていました!」
ルチアは部屋をノックして入るなりフィデスに向かって叫んだ。
「ルチア、何事かと驚いた。ペルデルなら大丈夫だろう、元は冥界の者なのだから」
「すぐにリベルと迎えに行ってきます!」
「ルチア、落ち着け。今は皆、聖女探しに躍起になっているはずだ。リベルに乗って飛んで行ったら聖女だとバレてしまうぞ」
ルチアはハッとした。
そうだ、今リベルに乗って飛んでいけば自分が聖女だと公言しているようなものだ。
《僕だけで行って来るよ》
「そうだな、その方がいい」
「でも途中で力が切れて小さくなったらどうするの?」
ルチアがリベルを見て心配そうに言った。
《ちょっと大変かもしれないけど元の大きさでもなんとかペルデル一人ぐらい乗せて飛べるよ。時間がかかるかもしれないけど》
ルチアは不安そうな顔をしてリベルを見た。
《心配なら行きだけでも大きくしてくれたらアルカナ聖国に早くつけるよ。帰りは仕方ないけどね。休み休み帰って来るから心配しないで》
「……わかった。じゃあ、外に出て。大きくするから」
ルチアとリベルは外に出て誰もいないところでリベルを大きくした。
フィデスがパンや果物を袋に入れて持って来てくれた。
「気をつけてね」
《うん、行って来るよ》
リベルは空高く舞い上がってアルカナ聖国目指して飛んで行った。
ルチアはガゼボに、フィデスは部屋に戻ろうとしたとき、クラリスが慌ててやって来た。
「フィデス!どういうことだ⁈」
クラリスは号外の新聞を持って焦り顔で言った。
「どうした?」
フィデスが怪訝そうな顔でクラリスを見た。
クラリスはルチアを見て驚いていた。
「なんだ?いるじゃないか聖女様!」
ルチアとフィデスは顔を見合わせてハッとした。
そうだ、クラリスは自宅から通っているから記憶を消せていない。
「クラリス、執務室で話そう。ルチアも来てくれ」
三人は執務室に行った。
「この号外見てくれ!」
執務室に入るとクラリスはすぐに号外新聞を広げ、フィデスに見せた。
“聖女、国王陛下との婚約発表前に行方知れず! 誰も聖女の正体を知らない⁈”
と大きく見出しに書かれていた。
「陛下と婚約とはどういうことだ⁈ しかもルチアが行方知れず、誰も正体を知らないとは⁈」
「落ち着け、クラリス」
「これが落ち着いていられるか!一体全体どういうことだ?ちゃんと説明してくれ!」
フィデスはどうするかと問うようにルチアを見た。
ルチアは記憶を消した方がいいのか迷っていた。
クラリスはフィデスの幼い頃からの親友だ。
「公爵様の判断にお任せします」
「クラリスは信用のおけるやつだ。一人ぐらい知った者がいた方が何かあったとき助けにはなる」
フィデスは頷きながら言った。
「?…フィデス、何を訳のわからんこと言っている?」
フィデスはクラリスに今回の誘拐事件のことやルチアとフォルティスとの婚約のこと、ルチアが聖女だという記憶を消したことを話した。
「知らない間にとんでもないことになっていたんだな…」
クラリスは困惑した表情で言った。
「これからもルチアの安全のために決して聖女であることがバレてはならない。クラリス、協力頼んだぞ」
「ああ、わかった」
クラリスはフィデスの肩を叩いて微笑んだ。




