75.国王と婚約?
ルチアたちが王城に戻るとフォルティスが迎えに出てくれていた。
「ルチアの家族は応接間で待機してもらっている。すぐにでも会いたいだろうが、その前に話を聞かせてもらえないか?」
ルチアは頷いてフィデスと共にフォルティスの執務室に行った。
リベルも小さくして一緒に連れて行った。
ルチアは執務室でフォルティスに今日あった事を全て話した。
「やはり聖女を守るにはわたしとの婚姻が一番ではないのか?王族にそうそう手出しはできないだろう」
フォルティスが言うとフィデスは苦虫を潰したような顔つきになった。
確かに二度も危ない目に遭わせたのは事実だ。
「国王陛下。お言葉ですが、わたしは自分で自分の身を守ることはできます。陛下と婚姻だなんて恐れ多くて考えられません」
ルチアはキッパリと言った。
「しかし、今回のように家族まで巻き込んでしまったら後悔するのはルチアじゃないのか?王妃になれば誰も手出しはできないだろうから、二度と家族も危険な目に遭うことはないだろう」
「しかし!」
フィデスが険しい顔つきで言葉を発した。
「公爵、聖女はこの国の宝だ。わたしには聖女を守る義務がある。これは提案ではなく王命だと言ったら?」
フォルティスは一歩も譲らないという意志があると言葉の強さでわかった。
ルチアは聖女がルチアであるという記憶を消し去ってしまおうと決意していたので、フォルティスと婚姻を結ぶ気はさらさらなかった。
今日戴冠式の最終日、夕方には大聖堂に貴族や各国の来賓が集まる。
そのときに記憶を消そうとルチアは考えていた。
民衆全ての人の記憶を消すのは無理だが、貴族と他国の王族の記憶さえ消えれば安全だ。
平民が誘拐しようとはしないだろうし、ルチアの所在もわからないだろうから田舎で暮らせばそのうち聖女が誰かわからなくなるだろう。
「陛下、すみません。少しだけ一人で考えさせてください」
「いいだろう」
ルチアはリベルを連れて執務室を出ようとした。
「ルチア?」
フィデスは困惑した顔をしてルチアの後を追おうとした。
「公爵!君は席を外さないでくれたまえ。ルチアだけで考えさせたい」
フォルティスはフィデスを止めた。
フィデスはフォルティスの言葉を聞くつもりがなかったが、ルチアに止められた。
「公爵様、一人になって考えたいのでここで待っていてください」
フィデスは傷ついた顔をしてルチアを見た。
ルチアはフィデスにこんな顔をさせて申し訳ないと思いながら、フィデスに向かって微笑んで執務室を出た。
ルチアは執務室を出て誰もいないところにリベルを連れて行って話をした。
「リベル、今日の閉幕式でみんなの記憶を消すつもりなの。だからここは陛下の命令に従うふりをすると公爵様に伝えて。リベルの声は公爵様にしか聞こえないから」
《本当に消すの?ルチアはしがない平民の娘に戻っちゃうよ。そしたらフィデスとの結婚もできなくなるんじゃない?》
「いいのよ。わたしが聖女でいる限り家族が危険な目に遭うし、公爵様にも迷惑をかけてしまうわ。陛下は王命だと言っているし、どっちみち聖女のままでも公爵様との結婚は難しいと思う」
《わかった。フィデスに伝える。僕はルチアとフィデスが結ばれることを祈っているからね》
「ありがとう、リベル」
ルチアはリベルを抱きしめて、目を合わせて頷いてから決意したように執務室に向かった。
ルチアが執務室に入るとフィデスが何ともいえない表情でルチアに近づいた。
ルチアはフィデスに微笑んでからリベルに向かって頷いた。
「ルチア、決心はついたか?」
フォルティスの言い方はYESしか求めていないような言い方だった。
「……はい、王命に従います」
「ルチア!」
フィデスが叫んでルチアの肩を掴んだ。
「おいおい、公爵。ルチアはわたしの伴侶、王妃になる人だ。気安く触らないでくれ」
フィデスは振り返りフォルティスを睨みつけた。
《フィデス、大丈夫だよ》
リベルがフィデスに話しかけた。
フィデスはリベルを見た。
《ルチアは閉幕式で参加者全員にルチアが聖女であるという記憶を消すつもりでいる。それまで国王の婚約者のふりをするだけだよ》
フィデスは驚いた顔でルチアを見た。
ルチアは優しく微笑んだ。
「……わかった。王命に従おう」
フィデスはそう言ってルチアの肩を掴んでいた手を離し、フォルティスの方を向いて言った。
「聖女をよろしくお願いします」
「ああ、必ず守ると誓うよ。では早速今日の閉幕式で婚約発表をしよう。もうあまり時間がない。ルチア、侍女を呼ぶのですぐに準備をしてくれ」
「あの、その前に家族と会ってきてもよろしいでしょうか?」
「ああ、もちろんだ。だがあまり時間がない。手短に頼む。ルチアの家族は今日王宮に泊まってもらおう。そこでゆっくり話せばいい」
「ご配慮ありがとうございます」
ルチアは頭を下げて、リベルと家族のいる応接間に向かった。
フォルティスは泊まるように言ったが、夕方の閉幕式後は誰もルチアが聖女だと認識していないのに泊まれるわけがないと思った。
「わたしもルチアの家族に挨拶をしてから一旦屋敷に戻ります」
フィデスはそう言って執務室を出た。
フィデスはルチアの後を追って呼び止め、応接間に向かいながら話した。
「さっきは心臓が止まるかと思ったよ。まさかルチアが本当に殿下の元に行くかと思って」
「申し訳ありません。咄嗟に判断しました。王命に逆らうと公爵様にもご迷惑かけるので」
「わたしのことは気にしなくていい。わたしはルチアといることができればそれでいいのだから」
ルチアははにかみながら頷いた。
「それと殿下が家族も泊まるように言っていたのですが、夕方にはみんなの記憶がなくなるので、王城に泊まるわけにはいきません。申し訳ないのですが、家族を公爵邸に泊まらせていただけませんか?」
「もちろん、引き続き泊まってもらおう」
ルチアが応接間に行くとみんな抱き合って喜んだ。
「良かった。みんな無事で」
「やっぱりルチア姉は聖女なんだね、こんな立派なお城に泊まっているなんて実感しちゃった」
ニナが言うと、ヤンもモリーも頷いた。
スカイはバツが悪そうな顔をしてルチアとは距離をとっていた。
「わたしはこれから閉幕式の準備をしなければならないの。閉幕式が終わったらゆっくり話そう」
ルチアはフォルティスとの婚約の話はしなかった。どうせ今日ルチアが聖女であることはみんな忘れるし、家族も今晩のうちに記憶を消そうと思っていた。
「わたしは一旦戻って着替えるので、一緒に公爵邸に戻りましょう」
フィデスが伝えるとみんな応接間を出て馬車に乗り公爵邸に向かった。
ルチアも準備のためリベルと部屋に戻ると王宮の侍女が三人、部屋の前で待っていた。
「この部屋はご家族に泊まっていただきます。聖女様は陛下の隣の部屋に移動していただきますので、荷物を運びます」
侍女の一人が言った。
ルチアは驚いた。もう王妃の部屋に移るのかと。
「申し訳ありませんが、今日は最後なので家族と水入らずで過ごしたいのです。今日はこちらで泊まって明日から陛下の隣の部屋に移ります」
侍女たちは困っていた。
「陛下も今晩は家族とゆっくり話せばいいと言ってくださったので大丈夫だと思います」
それならばと侍女たちは納得したようだった。
ルチアはホッとした。一平民に王妃の部屋を使わせていただなんて後から大変な騒ぎになるところだったと思った。




