70.聖女誘拐
ルチアが気付くと後ろで手は縛られ脚も縛られていた。猿ぐつわをかまされ、身動きの取れない狭い場所に閉じ込められてる。
しかも馬車の揺れとは違った揺れを感じた。
( どうしよう。これではスペルが唱えられない。念じるだけでもいけるかしら?)
ルチアは縛られている縄が消滅するようにイメージした。
(デレオ!)
縄は消えなかった。
言葉を発しないと力は使えないことを知った。
仕方がない。目的地に着けば猿ぐつわを外してくれるだろう。そのときに力を使えばいい。
まさかこのまま殺されるなんてことはないよね。
ルチアは不安を感じた。
じっと耳を澄まして外の様子を伺った。
水しぶきのような音が聞こえる。舟なのか?
「この先の湖のほとりで待機とのことだ」
人の声が聞こえた。
湖?そういえば王城の裏手に山と湖がある。湖から流れる川が王都の水資源だとオルドから習った。
しばらくするとルチアが入っている箱らしきものがかなり揺れた。
「おい、気をつけろ!湖にでも落としたら俺らの首がとぶぞ!」
「いや、しかし重いよ。二人でこんな小舟から降ろすのは無理じゃないか?舟が傾いてしまう」
「そうだな。馬車が来るのを待とう。舟がひっくり返ったら大変だ」
話の内容からして命を狙っているわけではないとルチアは思った。
では聖女の力を欲して誘拐したのか。
王城の地下水路から舟を使って外に出たに違いない。となれば王城に勤めているか住んでいるものが手引きしたはずだ。
他国と取引したかあるいはこの国の貴族か。
今いる者は首謀者じゃないようだから、引き渡されるまで静かにしていようとルチアは思った。
リベルがカトレア宮の周りを静かに飛んで様子を伺った。
リベルは番であるルチアの気配をそう遠くなければ感じ取ることができるが、ここにルチアの気配は全く感じられなかった。
リベルはフィデスのもとに戻り、そのことを伝えた。
「タラン国の王太子が犯人ではないということか」
《ここで気配を感じないというだけで、犯人じゃないとは断定できないよ。だって動きが怪しいから》
衛兵がフィデスを探してやって来た。
「コンコルディア公爵閣下。陛下がお探しです。至急陛下の執務室に来るようにと」
「しかし、ここを離れるのは……」
「大丈夫です。カトレア宮の周りを騎士や衛兵が囲っていますから。それに陛下の命令で今から馬車の確認も行います」
《フィデス行って来なよ。もしかしたらルチアのことで何か情報が入ったのかもしれないよ。僕もここに残るから》
「わかった。では頼んだ」
フィデスはリベルに言ったが衛兵が「承知いたしました」と返事をした。
フィデスは急いで執務室に向かった。
フィデスが執務室に行くとフォルティスが待ちかねたような顔をして言った。
「今しがたタラン国の王太子が見えて、国王陛下が危篤なのですぐに帰ることを伝えに来た。急な話なので念のため馬車の中は確認させてもらうと伝えたら王太子は快く承諾した」
「つまり探されても何も出ないってことだな」
「快諾したことが引っかかる。普通他国の王族の荷物を検査するなんて言ったら多少は怒るだろう。最初からそうなることがわかっていて、早々に疑惑から解放されることを意図しているようだ」
「ルチアはもうすでにここにはいないということか」
「でもどうやって?急いで門は閉鎖したはずだ。人間一人隠して王城から出るのは難しいよ」
フィデスもフォルティスも黙り込んで考えた。
「水路!」
二人同時に叫んだ。
「地下水路なら小舟で王城から抜け出せる」
フィデスが険しい顔しながら言った。
「そうなると誰か王城の人間が手引きしたことになるね。これは忙しくなるな」
フォルティスが鋭い目つきで窓の外を見ながら言った。
「わたしはタラン国の馬車をつける。どこかで必ずルチアを引き取るはずだ」
フィデスはそう告げて執務室を出てカトレア宮に向かった。
向かう途中フィデスはどうやって馬車をつけるか考えた。
馬や馬車ではすぐにわかってしまう。
リベルが大きくなれば乗せてもらって上空から追うが、ルチアがいないとリベルは大きくなれない。
思案しながらリベルのもとに戻るとリベルが大きくなっていた。
「リベル、その姿は?」
フィデスが驚いたように聞いた。
《ルチアの力が切れたみたいだ。放っておくと一晩でもとに戻るんだ。朝から小さくしていて掛け直しをしていなかったから。これが本来の大きさだよ。まだまだ成長しているみたいだけど》
「助かった。その大きさならわたしを乗せて飛べそうだな」
《大丈夫だと思う。何か情報があったの?》
タラン国の馬車が動き始めた。
「馬車を追いながら話す。タラン国の王太子が乗っている馬車を追ってくれ」
リベルはフィデスを乗せ上空から馬車を追跡した。
フィデスはフォルティスと話したことをリベルに聞かせた。
《じゃあ水路を使って街に出たかも知れないね》
「街では目立つから水源地である湖の方かも知れない。とにかく馬車を追おう」
タラン国の馬車は全部で三台だ。そのうち一台は荷物ばかりが乗っている。
もう一台は荷物と侍従が乗っていて、最後の一台に王太子と側近二人だけで乗っていた。
王城の正門で検問を受け難なく馬車三台と馬に乗った騎士十名は城内を出た。
しばらく行くと王太子が乗った馬車と騎士三名が、他の馬車から離れて王城の裏手の山に向かって進路を変えた。
他の馬車二台と騎士七名はタラン国に向かっている。
《フィデスの感が当たったね。王太子が乗った馬車が湖の方へ向かってる》
「リベル、先回りして湖に行くぞ」
《了解!》
リベルは馬車を追い越して湖に向かって飛んだ。




