68.聖女の取り合い
王太子は自分の戴冠式と並行して聖女と竜の活躍を盛大に祝う計画をしていることを告げた。
「えっ、いえ、そんなこと…」
ルチアは驚いて声を出してしまい慌てて両手で口を塞いだ。
「遠慮はいらない。そこにかかる費用も君のドレスも全て王室が用意する。それだけでは足りないぐらいだ。君の今後の生活も全て王室で賄おうと考えている」
ルチアはとんでもないことになったと焦った。王室と関わりを持つなんて遠慮したい。
「殿下、ルチルアーヌはわたしの婚約者です。王室で賄う必要はございません」
フィデスが強くはっきりと言った。
貴族や官僚たちがざわついた。
「殿下、発言お許しいただけますか?」
貴族の一人が手を上げて言った。
「よい」
「コンコルディア公爵殿。貴殿は婚約と言ったが、公爵家ならば王室の許可を得て証明書が発行されて初めて正式に婚約となるわけですがそれはもうお済みで?」
「今日殿下にお願いするつもりで来た」
「正式にはまだということですね。ではまだ他の貴族にもチャンスがあるということになります。聖女様を勝手に独占なさるのはいかがなものかと」
他の貴族もそれに賛同した。
「正式にはこれからだが、ルチアとはもう約束を交わした。ルチアの気持ちも固まっている。今更本人の気持ちを無視してもいいと思っているのか」
フィデスは怒り気味に言った。
「それは他の者との出会いがなかったからだ。これから貴族たちと交流を深めて聖女様に選んでもらえばいいではないか!」
誰かが言った。するとみんなが口々に主張を始めた。
「静粛に!」
王太子が低い声で睨みつけながら言った。
「誰が勝手に発言していいと言った?」
一同は冷や汗をかきながら俯いて静かになった。
「聖女のことはおそらく他国にも広がっているだろう。欲しがる国がほとんどだ。もしかしたら聖女を攫おうとする国も出るかもしれない。そんな状態で王族以外の貴族に聖女を娶らせるわけがないだろう!身の程を知れ!」
貴族たちはますます俯いて背中を丸めた。
官僚の一人が手を上げて発言の許可をもらった。
「聖女様と竜は我が国の貴重な宝です。殿下の言う通り他国の王族から婚姻を求められたら王族以外の貴族との婚姻では破棄されてしまいます。他国に嫁げないようにするためにも殿下との婚姻を希望します」
「なんだと!」
フィデスが立ち上がった。
いつも冷静で優しいフィデスがこんな姿を見せるほど苛立っていることがルチアは心配だった。
「公爵、心配するな。わたしはルチアーヌ嬢の気持ちが大事だと思っている。だが、先ほどの意見も一理ある。わたしはこの国の王になる。わたしと婚約すれば他国は手を出せないだろう。ルチルアーヌ嬢が成人するまでの間わたしの婚約者と偽って、成人したら公爵と結婚すればいいではないか」
「殿下の婚約者だと公表すればわたしはルチアと会えなくなるではありませんか」
「まあそうだろうね。わたしと婚約しているのに他の男と会うなんてどんな噂が立つかわからないからね。二年ぐらい我慢して?」
「お断りします。ルチアはわたしが守りますから」
いや、誰にも守られなくても大丈夫ですけど、とルチアは思った。
ただ今のままでは思った以上に平穏な生活は望めそうにない。
魔王もいなくなったし、落ち着いたらフィデスと公爵領でゆっくりのんびり生活できると思っていたのに。
《いっそのこと記憶消したら?》
リベルが冗談っぽく言った。
フィデスがその言葉に飛びついた。
「そんなことができるのか?」
フィデスがルチアに向かって言った。
周りに者は、突然何を言っているのだろうかと呆然とフィデスを見た。
ルチアは軽く頷いた。
「殿下、少しだけ時間をください。ルチアと二人でしたい話があります」
「いいだろう」
ルチアとフィデスはリベルを連れて会議室を出た。
会議室から少し離れたところで立ち止まり話した。
「記憶を消すって?全部消えてしまうのか?」
ルチアは記憶を消せることだけは誰にも知られたくなかった。
記憶操作をしているんだはないかと、疑心暗鬼にさせてしまうかもしれないからだ。
「……いえ、わたしが願ったことだけ消せるようです。ペルデルにしか使ったことがないので間違いなく消せるかどうかはわかりませんが……」
「そうか……いやよそう。人の記憶を操作するのは感心しない。ルチアはわたしが必ず守るから殿下との婚約は断って欲しい」
フィデスは切実な声で言った。
「大丈夫です、公爵様。王太子殿下と仮にでも婚約したら自由がなくなりますもの、絶対にしません。それにわたしは自分で自分を守れます。公爵様もご存知でしょう?」
「はは、そうだったな。でもわたしにも守らせて欲しい。それにわたしのためではなく自由のために殿下と婚約しないなんて少し寂しいかな」
フィデスが目を細めながら優しく言った。
「あ、ごめんなさい。もちろん自由がなくなるというのは公爵様と会えなくなるという意味が大半を占めています」
ルチアは慌てて言った。
「そうか…」
フィデスは微笑んでルチアの頬を両手でそっと触れた。
「では会議室に戻ろうか」
フィデスはルチアの手を引いて会議室に戻った。
「話し合いの結果が出たかな?」
ルチアたちが会議室に入ると王太子がすかさず言った。
「はい。殿下の申し出はお断りします。そして早急にわたしとの婚約発表を行います。公爵家の婚約者を攫う不届者もそうそういないと判断しました」
室内がざわめいた。
「静かに!公爵とルチルアーヌ嬢がそう決めたのら致し方ない。王室は聖女が他国に取られないように全面的に援護する。しかし残念だな。わたしと婚約したらこの二年の間に口説くつもりでいたのにな」
「殿下!」
「怒るな公爵。半分冗談だ。しか半分は本気だったぞ。国のためには聖女の力が必要だからな」
「王太子殿下。わたしはこの国の民です。この国のために何かあればお役に立ちたいと思っています」
ルチアは王太子に微笑んで言った。
「うむ、よろしく頼んだぞ聖女」
王太子も頷きながら微笑んだ。




