61.王太子の勘繰り
王宮に入ったルチアとフィデスは、正式な勅書での呼び出しだけあって、いつものように王太子の執務室ではなく謁見室に案内された。
すでに王太子は着座しており、待ちかねたような顔をしていた。
フィデスとルチアは正式な挨拶をした。
「コンコルディア公爵、何故ここに呼び出されたかわかっているよな」
「…さあ、申し訳ありませんがさっぱり?」
「フィデス!あのアルカナ聖国だぞ!わたしも絶対に行きたかった!」
王太子は立ち上がってまるで駄々っ子のように言った。
「あのアルカナ聖国だからこそ誰でもは連れて行けないのです」
「むうっ……貴様は行ったくせに!」
「わたしには正当な理由があったのです」
フィデスは淡々と答えた。
「何だ?言ってみろ、その正当な理由とやらを!」
「今はまだ言えません。そのうちに」
「くうっ……もうよい!それで?アルカナ聖国ではどうだったのだ」
「五百年前魔王と戦った竜が現存していました」
「なんと!」
王太子も当然だが、周りにいた王太子の側近も驚いた。
「魔王が現れた際には力になってくれるとのことで、リベルが通信できるそうなので、そのときはリベルから連絡をしてもらうつもりです」
「そうか、心強いな。あとは聖女が現れればいうことなしだが…」
王太子はチラリとルチアを見た。
「魔王が現れればそのうち聖女も現れるでしょう」
フィデスは自信満々に言った。
「ほーう、自身ありげだな」
「アルカナ聖国の竜のお告げなので」
フィデスはにやりと笑って言った。
王太子相手に怯まず嘘がつけるなんてフィデスが少し怖いわとルチアは苦笑いをした
「ところで、ルチアとリベルを呼んだのはどういった要件ですか?」
「もちろん彼女らもアルカナ聖国に行ったからだ。詳しい話を聞かせてもらえぬか、ルチア」
ルチアはフィデスの顔見た。
フィデスはルチアに優しく頷いてから、王太子の方を向いた。
「お言葉ですが、わたしが話した以上のことは何もありません」
フィデスは毅然とした面持ちでキッパリと言った。
「わかった、わかった。堅苦しいのはここまでにしてお茶でも飲みながら雑談しようではないか」
王太子は側近に温室にお茶の用意をするように告げた。
王家の温室は見事だった。ルチアは見たことのない植物に、ついはしゃいでしまった。
衛兵は温室の外で待機させ、王太子とフィデスとルチアとリベルだけが温室の中のテーブルでお茶を飲んだ。
「ルチアがこれほどまでに喜ぶのなら公爵家にも温室を造ろうか」
フィデスは優しく微笑みながら言った。
「どうしたフィデス?今まで女性にはとんと興味のなかったお前が、本当に春が来たのか?」
王太子は驚いたそぶりで揶揄するように言った。
「殿下にはご報告しときます。そうです。ルチアはわたしの最愛の女性です」
ルチアはお茶を吹き出しそうになった。
「えっ!…これは…どうも驚いた」
王太子も冗談半分で言ったつもりだったが、フィデスの真剣な表情を見て本当に驚いていた。
「しかし、ルチアは平民であろう?公爵家の縁者が許すのか?」
王太子が言うとフィデスが睨んだ。
「ああ、すまない。本人がいる前で言う話じゃないな。しかし、今後のこともあるだろう?」
「わたしには公爵家を捨てる覚悟はありますよ。それほどルチアは大切な人です」
ルチアは聞きながら顔を真っ赤にして俯いた。何故このような話になったのか。
「公爵家を捨てるとは、聞き捨てならないな。それほど決心は固いということだろうが、ルチアはどうなんだ?フィデスに公爵家を捨てさせてまで添い遂げる決心があるのか?」
ルチアははっきりいってそんなつもりはなかった。
フィデスのことは確かに好意を持ってはいるが、フィデスの押しに流されているだけのような気もする。
ルチアは返事に困った。
「二人のことは殿下に関係のないことです。殿下、人払いをしてでも話したかったことがあるのではないですか?」
「…そうだった。聖女の話だ。率直に聞く。ルチアが聖女ではないのか?」
フィデスはルチアを見た。
ルチアは俯いたまま両手を握りしめて小さく首を横に振った。
「仮にルチアが聖女だとしたらどうなさるおつもりですか?」
フィデスは鋭い目つきで王太子を見た。
「聖女ならば我が王家で保護する。聖女が現れたら国内外で争奪戦が始まるだろう。その前にフローラル王国の聖女として世に知らしめる」
「そうなれば我が王国が聖女を独り占めしたと他国が文句を言うと思いますが?」
「そうだな…それならば王妃にすればいい。わたしと婚姻を結べば誰も文句は言えないだろう」
ルチアは俯いたまま唇を噛み締め、身体を震わせた。
「殿下、聖女とて人間です。聖女なりの生き方があります。それを国の事情で押し付けるのはどうかと。ルチアは聖女ではないが、たとえ聖女であったとしても彼女は永遠にわたしの伴侶です!」
フィデスは立ち上がり静かに怒りをぶつけ、ルチアの手を引いて温室の出口に向かった。
「はは、ルチアが聖女だと言っているようなものだよ、フィデス」
王太子は目を細めて二人の後ろ姿を見送りながら呟いた。
馬車の中でフィデスは腕と足を組んで眉をしかめて目を閉じたまま何も喋らなかった。
ルチアも何を話していいかわからず、ずっと窓から外を眺めていた。
馬車が街中を通っているとき、真っ黒な瘴気を纏ったいる者がいるのをルチアは見つけた。
《ルチア、瘴気が!》
リベルも感じたようだった。
「瘴気だと?」
リベルの言葉を聞いたフィデスが窓の外を見た。
フィデスが見たときには馬車は通り過ぎてしまっていて、その者も見えなくなっていた。
「人混みの中に真っ黒な瘴気を纏った者がいるのを見ました。あれだけの瘴気を纏って平然と歩いているとしたら魔王か、その眷属だと思います」
フィデスはすぐに御者に引き返すように言った。
馬車は引き返したが、ルチアが見た場所にはもういなかった。
「ルチアはここにいなさい」
そう言ってフィデスは馬車をおり、人混みの方へ行った。
しばらくしてフィデスは帰って来たが見つからなかったようだ。
フィデスはもう一度王宮に向かうように御者に告げた。




