59.神ユピテルと神ディオ
リベルはフローラル王国の首都を目指して飛んだ。
帰りはフィデスと二人なんだとルチア急に緊張してきた。
しかもフィデスは神ユピテルなのだ。
ルチアは長老の竜たちが言っていた二人の間にあったことが気になってしかたなかった。
ルチアが難しい顔をしていたからか、フィデスが話しかけてきた。
「ルチアはあの国で生まれたのか?」
「そうみたいです。生まれてすぐに母はわたしを連れて出たようですが」
「本当の両親に会いたいと思わないのか?」
「……実父はもう亡くなっています。母には会ってみたいと思いますが、全く行方がわかりません」
「そうか……あの国……アルカナ聖国を見たとき妙に懐かしく感じた。わたしは前世で訪れたことがあるのだろうか…」
フィデスはそう言うと考え込んだ。
神ユピテルであったことを竜たちから聞いたが、自分が伝えてもいいのだろうかととルチアは悩んだ。
フィデスが真剣に考え込んでいるのでスッキリさせてあげようと思い、ルチアは伝えることにした。
「あの公爵様。アルカナ聖国の竜たちが言っていたのですが、その……公爵様は神ユピテルの生まれ変わりだろうと…」
「神ユピテル…?」
フィデスがその名を口にした瞬間、白いベールのような光がフィデスを包み、忘れ去っていた記憶が怒涛のように流れ込んできた。
「ああ……そうだ、わたしはユピテル……」
フィデスは前世を思い出した。
神ユピテルは天界において力のある神だった。地上界の管理も任されていた。
あるときこの世に未練を残した死者の魂を監護する冥界に魔王が生まれ、死者の持つ怨念や思念を魔物に変えた。
冥界を管理する神ヘルは魔王を我が子と名づけ、魔王に冥界を自由にさせた。
ところが魔王は冥界では飽き足らず、地上界に手を出した。
ユピテルはヘルに魔王を何とかするように進言するが、ヘルは楽しんでいるようだった。
このままでは地上界が消滅してしまうと危惧した他の神々がユピテルの力になり、それぞれ眷属として創った竜を地上界に送った。
聖女を見つけて共に魔王と戦うために。
聖女たちは見る見るうちに魔物を浄化していった。
魔王は天界が関与したことと、聖女の力が思った以上に優れていたので冥界に身を隠した。
ユピテルはヘルに魔王が二度と地上界に手を出さないよう力を削ぐか、消滅させるように談判したが聞き入れなかった。
天界の神が直接手出しはできないため、ユピテルは再び魔王が地上界に現れたときのために竜をそのまま地上界におき、聖女を伝承させるよう聖国を創った。
それがアルカナ聖国だ。
ユピテルは聖国を創る際、地上に降りた。
そのときにアテネと恋に落ちたのだ。
フィデスはルチアを見て呟いた。
「アテネ…」
「公爵様、何か思い出されたのですね?」
「ああ、前世を思い出した。わたしはきみの前世アテネと永遠の愛を誓っていた」
「えっ!」
ルチアは驚いた。削がれている記憶の部分だ。竜たちはこのことを言おうとしてやめたのだろうか。
「きみは覚えていないのか…?」
ルチアは唇を噛み締めて頷いた。
「わたしたちは永遠の愛を誓った。だがきみは命に限りある人間だ。永遠に生きる神とは違う。今度きみが生まれ変わってくるときはわたしも人として生まれようと決めていた」
ユピテルはアテネが生まれ変わるまで五百年近く待った。
生まれ変わりを司る神ディオにアテネの魂が再び地上界に生まれることを教えてもらい、ユピテルはディオの協力を得てルチアより先に地上界に人として生まれ変わった。
《神ユピテルが神ではなくなったから僕の前の黒紫竜は加護がなくなって弱っていったのですね》
「この声はリベルなのか?」
「公爵様にもリベルの声が聞こえるのですか?」
「ああ、聞こえた」
そのとき、突然周りが霧に覆われた。
《周りが全く見えないのでいったん停止しますね》
リベルがその場で止まって浮遊をしていると目の前に神々しい光が現れた。
その瞬間時間が止まった。
神々しい光からフィデスに向かって言葉が投げかけられた。
『ユピテル、どうやら記憶が戻ったようだな』
「…ディオ?……ディオか!」
『名を発することで神としての記憶を取り戻すように仕掛けておいた。ユピテル、天界でのあなたの神としての存在は大きい。神とて気まぐれを起こすこともある。わたしは少々それに付き合っただけだ。そろそろ天命を成さねばならない』
「どうして?わたしはアテネと同じときを過ごしたいと願って人になった。今更神に戻る気はない」
『創造主はバランスを考えてこの世をお創りになった。神ユピテルもその一つだ。神が永く不在にするとバランスが崩れて、その影響を一番に受けるのが人間界だ』
フィデスは目を閉じた。そしてゆっくりと目を開けルチアを見た。ルチアの時間は止まっている。
「今の人としての命が尽きるまで待ってくれ。人の寿命は短い。それぐらい構わないだろう?」
『……わかった。ただし寿命が尽きてからでは遅い。肉体が滅びると再び魂は輪廻の旅に出る。神に戻るためには“死”を迎えてはならない。いいな』
神々しい光が消え、辺りの霧があっという間に晴れた。
《霧が晴れたので王都に向かいますね》
止まっていた時間が動き出した。
フィデスはディオの言葉を噛み締めていた。
ルチアはフィデスが神妙な顔をしているので声を掛けた。
「変な天気ですね。急に霧が出たと思ったらいきなり晴れて……」
「そうだな」
フィデスはルチアを愛おしそうに見て微笑んだ。
ルチアは霧に包まれる前のフィデスの話をどう受け止めていいかわからなかった。
神ユピテルとアテネが永遠の愛を誓い、アテネの生まれ変わりに合わせて人として生まれ変わった……つまりルチアのために人として生まれてきたということだ。
ルチアは申し訳ない気持ちになって俯いた。
「ルチア、思い出せなくてもいい。でもわたしはきみと一生ともに歩みたい。そのために人として生まれてきたのだから」
フィデスはルチアの肩を握り抱き寄せた。
ルチアの心臓は破裂するのではないかと思うほど高鳴っていた。
「わたしも…わたしも公爵様のことが…好きです……でも身分が違いすぎます。使用人として一生そばにいることはできます。でも跡取りのために公爵様は結婚が必要でしょう?そうなれば……わたしはそばにはいられません」
ルチアはフィデスの胸を押して身体を離した。
フィデスはルチアの手を掴み再び抱き寄せた。
「誰が何と言おうがわたしの生涯の伴侶はきみだけだ。爵位が邪魔なら縁戚にくれてやる。わたしはきみといられればそれでいい」
ルチアの目から涙が溢れ出た。でもこの涙はルチアのものではないと思った。
きっとアテネの思いだろう。ルチア自身は前世の誓いを覚えていない。
そこまでの愛情があるかもまだわからなかった。




