58.五体の竜との契り
山や谷を越え、半日ほど飛ぶと、人気のない湖の辺りに降りてサイオンが持たせてくれた昼食を摂った。
昼食を済ますとまたすぐにアルカナ聖国目指して飛んだ。
フィデスとペルデルが仲が良いとはいえないと思っているルチアは、何となく気まずくて会話ができなかった。
三人ともほぼ喋らずにリベルの背に乗っていた。
《アルカナ聖国はもうすぐだよ。あの遠くに霞んで見える険しい山の谷間にあるんだ》
ルチアはリベルが言ったことをそのまま二人に話した。
山頂が雲に覆われるほど高く険しい山がすぐ目の前にくるとルチアは自然と涙が流れた。
前世はここで生き、今世はここで生まれたんだ。
ふとフィデスを見るとフィデスの目にも涙が溜まっていた。
「公爵様……?」
ルチアの声で我に返ったフィデスは何か困惑したような顔をしていた。
「なぜだかわからないが、込み上げてくるんだ……切ないような愛しいような…」
フィデスはそれだけ言うと黙り込んだ。
霧が立ち込める中へリベルは入って行った。
しばらく進むと霧が晴れ、岩山に囲まれた緑豊かな谷が現れた。
すると竜たちの「グオォォー」という咆哮が聞こえたと思ったら四方から大きな竜が現れた。
リベルは着地して同じように咆哮した。
リベルは長老の竜たちに聖女を連れ帰ったことを報告した。
長老の竜たちはルチアを見て納得したようだったが、フィデスを見て驚いていた。 そして竜たちは全員首を垂れた。
「え、何?リベル、何があったの?」
《たぶん公爵に対して礼儀を尽くしているんだ》
「公爵様に?どういうこと?」
「わたしが何か?」
ルチアの言葉を聞いてフィデスが言った。ルチアは訳がわからないと横に首を振った。
《とりあえず、僕の背中から降りてくれる?》
ルチアたちはリベルから降りた。
リベルは長老の竜たちとしばらく何か話しているようだった。
話が終わるとリベルがルチアの方を向いた。
《魔王のこと話したよ。ペルデルのことはここで匿ってくれるって。それで聖女は今ルチア一人だからみんなルチアと契りを交わしたいそうなんだ》
「えっ!もしかして全部合体しちゃうの?」
《それはない。黒と紫が合体したのは同じ神から創られたからだよ。他の五体の竜はそれぞれ創った神が違うから。魔王と戦うことになったとき、意思疎通ができるように契りを交わしておきたいんだって》
「そうなのね……わかったわ」
フィデスがルチアの神妙な面持ちを見て心配そうに言った。
「ルチア、何が起きている?竜たちは何と言っているんだ?」
ペルデルも不安そうな顔をしていた。
「ペルデルのことはここで匿ってくれるって」
ルチアが言うとペルデルは安堵の表情になった。
「あと、全部の竜と今から番の契りを交わすことになったんです」
「それはルチアにとって害のないことなのか?」
フィデスは心の底から心配しているようだった。
「はい、たぶん。一人の聖女が全部の竜と契りを交わすなんてこと初めてなので、わたしにもどうなるかはっきりとはわかりません。でも竜たちがそれを望んでいるので大丈夫だと思います」
ルチアはそう言うとまず白竜に手を差し出した。
白竜はルチアの人差し指を軽く噛んで血を吸った。
そうして赤竜、青竜、黄竜、緑竜と順番にルチアの血を吸った。
《おかえり、ルチア。大きくなった。お前の母親がお前を連れてアルカナ聖国をでたときはまだ生まれたばかりの赤子だった》
《一代目の黒紫竜の聖女アテネそっくりだな》
《力もそのまま引き継いでいるようだな》
《いやいや、わしらと契りを交わしたんじゃ、それ以上になる》
《聖女はルチア一人だ。魔王との戦いは我々も全力を尽くすぞ》
「皆さん、ありがとうございます。これからよろしくお願いします」
ルチアが頭を下げるとそれぞれの竜がルチアの頭を顎で撫でた。
《ところで神ユピテルは人間に生まれ変わったのだな》
《ああ、そっくりだし人間になってもユピテルのオーラは変わらない》
ルチアは何のことかわからなかった。
「何の話をしているのですか?」
《ルチアが連れてきたそのガタイの良い方の男のことだ。何も知らないのか?》
「…はい」
《リベルがルチアはアテネの生まれ変わりだと言っていたが?》
「わたしの前世のことは全部じゃないけど覚えています。でも神ユピテル様のことは全く覚えていません」
ルチアの言葉に竜たちは顔を見合わせてからリベルを見た。
リベルは頭を横に振った。
《ふむ……ユピテルの方も覚えてないようだな》
《今は?今は二人はどういった関係かな?》
「あー、雇用主と使用人の関係です」
《さて、どうしたものか。片方にだけ教えると感情のバランスが崩れて今まで通りにはいかなくなるな》
《二人のことはもう少し進展があってから話そうではないか》
《そうだな。どのみちこれは運命だ。必ず二人は前世と同じになるだろう。そのときに全てを話してやろう》
ルチアはすでに混乱していた。
フィデスが前世神ユピテルで、アテネと何かあったらしいが、いったい何があったのか。
アテネは神である存在に何かしでかしたのだろうか?そして今世でも同じになる?
ルチアがあたふたしているのを見てフィデスが心配そうに抱きしめた。
「大丈夫か、ルチア?」
そこにペルデルが割り込んできた。
「ルチア、大丈夫?」
《おお、何と三角関係なのか?》
「ち、違います!」
ルチアは二人を押し除けて叫んだ。
「リベル。もう、用は済んだから帰りましょう」
《もう帰るのか?》
長老の竜たちが残念そうな顔をした。
「はい、公爵様は忙しい方なので。ペルデルのことよろしくお願いします。それと魔王と戦うことになったらお願いします」
ルチアは竜たちに頭を下げた。
《魔王が現れたら、すぐに飛んでいくぞ。遠くてもリベルと交信できるようにしたから何かあったらリベルを通して伝えなさい》
「はい、ありがとうございます」
ルチアとフィデスはリベルの背に乗った。
「ペルデル元気でね」
「ルチアの方こそ。今度会えるときまで楽しみにしてるよ」
リベルは高く舞い上がった。
ルチアは竜たちに手を振った。




