56.魔王がペルデルに接触
ルチアの乗った馬車はペルデルのカフェの近くに停まった。
馬車から降りてカフェの入り口に行くと、どうやら店は閉まっているらしく中は薄暗く客が一人もいない。
ルチアはどういうことだろうと思いながら一応ドアを引いてみた。鍵はかかっていなかった。
ルチアが中に入ると、ペルデルが暗い顔をして出てきた。
「良かった、来てくれたんだね……ルチアと二人っきりで話がしたい」
ペルデルはルチアの後ろにいた護衛に視線を向けた。
ルチアはペルデルの形相からただ事ではないと察知し、護衛には外で待機してほしいとお願いした。
最初は渋った護衛だが、ルチアに説得されて渋々入り口のすぐ前で待機することになった。
「どうしたの?何があったの?」
「……記憶が全て戻った……」
「えっ……?」
ルチアは驚いたと同時に身構えた。
「大丈夫…ルチアに危害を加えるつもりはないから…ルチアだけじゃない、誰にも危害は加えたくないんだ……」
ペルデルはかなり憔悴している様子だ。嘘をついてはいないだろう。
「どうして記憶が戻ったか聞いてもいい?」
「……驚かないでね、ルチア」
ペルデルはそう言うと椅子に座り、ルチアにも座るように促してうつむき加減で話し始めた。
昨日のことだ。いつものように早朝仕込みをしていると突然ドアをドンドンと叩く音がした。
ペルデルが怪訝そうな顔でドアの前に行くと異常なまでの瘴気が漂っていた。
そっとドアの小窓から覗くとそこに立っていたのは頭に角の生えたただならぬ者だった。
目が合ってこれはやばいとと思って逃げようとしたとき、
「ペルデレ!」
と真名を呼ばれて動けなくなった。と同時に全ての記憶が戻った。
真名を呼んだのは魔王だ。
ペルデルはドアを開けた。
「これはこれは魔王様。お久しぶりでございます」
「ペレデレ、キサマ黙って冥界を抜けてこんなことをしていたのか。ドアをぶち壊しても良かったのだが、この店も役に立ちそうだからやめておいた」
魔王の話では支配下においたはずの王国がここの国に攻め入る直前に浄化されてしまった。聖女がこの国にいるはずだということだった。
扱いにくい魔物を送り込むより、人間を御して支配した方が得策だと考えた魔王は手始めにカザール王国を支配したらしい。
そうやって少しずつ支配して天界が気づいたときには、ほぼ人間界を支配し終わるつもりでいたらしい。
ところが早々に浄化されてしまった。
間違いなく聖女の仕業だろうから人間に溶け込んでいるペルデルに探すように命令して帰った。
ペルデルは記憶が戻ったものの、喉の渇きまでは戻らなかった。今の生活を壊されたくないと思った。
「わたしはルチアのことを今でも恩人だと思ってる。ルチアを裏切りたくない。だけど魔王はわたしの真名を知っている。真名の元に命令されれば言うことを聞くしかない。だからルチア、遠くへ逃げて欲しい。わたしや魔王の手の届かないところに」
ペルデルは真剣な眼差しをルチアに向け、深々と頭を下げて懇願した。
せっかく人間として生きようとしているペルデルをこのまま放っておくことはできないとルチアは思った。
「あなたこそしばらく身を隠した方がいいと思う。今度アルカナ聖国に行くの。あなたも一緒に行かない?」
《ルチア、ペルデルは魔族だよ!長老の竜がなんて言うか…‥》
リベルがカバンから顔を出して言った。
「大丈夫よ。ペルデルは魔族でもわたしが浄化してるんだからもう人間と同じよ」
「竜が何か言ったのか?」
ペルデルが不安そうに聞いた。
「何でもないわ。魔王はわたしが片付けるつもり。それまでアルカナ聖国に身を隠しておいて」
ペルデルは悩みながらも頷いた。アルカナ聖国なら守ってもらえるだろう。
「今日はとりあえず一緒に公爵邸に行きましょう」
「いや、だめだ!わたしの居場所は真名を通じてすぐに魔王にわかる。公爵邸が標的にされる」
ルチアは公爵邸にいるみんなが危険に晒されることは避けたいと思った。
「魔王がペルデルの真名に繋がらなければ見つからないのね……真名を封印しましょう」
「そんなことができるのか…?」
「やったことないからわからないけど、試してみましょう」
ルチアはそう言うとペルデルの額に手を当て、ペルデレという真名の封印をイメージした。
「シギルム」
ルチアの手のひらから出た淡い光がペルデルの体を包み、ペルデルの頭頂にペルデレという文字が浮かび上がった途端、光に飲み込まれてルチアの手の中に光と共に消えた。
「たぶんこれで大丈夫。一緒に公爵邸に行きましょう。公爵様にはわたしのことを全て打ち明けているからあなたのことも匿ってもらえるわ」
ペルデルは自分の真名を思い出そうとしたがさっぱりわからなかった。
「ああ、真名が思い出せない。ありがとうルチア……ちょっと待ってて。スイーツを箱に詰めて残りの材料も腐らせたくないので持って行くから」
ペルデルが準備をしている間、リベルがルチアに文句を言っていた。
《勝手に公爵邸に連れて行って大丈夫なの?言っとくけどルチアは使用人なんだからね。いくら公爵が優しいからといって魔族を連れて帰るなんてどうかと思うけど!》
「うん、ごめん、わかってる。でもほっとけなくて。アルカナ聖国には明日にでも出発できるように公爵様にお願いするわ。そうしたら公爵家に迷惑かからないでしょ」
《……まあ、それなら……でもアルカナ聖国で受け入れてくれるかな?》
「それは大丈夫だと思うわ。だって唯一無二の聖女の頼みよ。前世竜は聖女に従っていたじゃない?」
《そうだけど……》
「お待たせ!」
ペルデルが荷物を抱えて厨房から出てきた。
ルチアはペルデルを馬車まで案内し、御者にペルデルを紹介して一緒に馬車に乗って公爵邸に戻った。




