55.公爵に秘密を明かす
翌朝、ルチアは朝食をフィデスの部屋に運んだときに昨夜のことを謝った。
「ルチアとリベルの喧嘩だからわたしに謝る必要はない。まあ、あんなルチア初めて見たから少し驚いたがな。あの後仲直りできたのか?」
「はい、ご心配おかけしました……それでリベルと話し合った結果、公爵様には伝えていないことがあって……それを話しておこうということになりました」
ルチアは視線を床に落としどこまで話したら辻褄が合うだろうかと悩みながら言った。
「わたしに話していないこと?いっぱいある気がするが?」
フィデスはおどけたような顔でルチアを見た。
この方は知らないふりをしてくれているだけで、詳しい内容を知らなくても何かあるということはわかっているんだとルチアは思った。
嘘や誤魔化しが通じる人ではない。それならば本当のことを伝えようとルチアは決めた。
もしそれでフィデスが吹聴したり利用したりしようとするならば記憶を消せばいい。
「まずカザール王城の瘴気ですが、魔王の仕業で間違いないと思います」
「カザール王国は魔王に支配されているということか……普通の人間が魔王を倒すことができるのか?……しかし、早馬の騎士が持って帰ってきた書状にはこちらに対しての謝罪しかなかったが?」
フィデスは右手の指を顎の下に置いて視線を落とした。
「……それについてなのですが」
ルチアが言うとフィデスが顔を上げた。ルチアは深く息を吸ってから話し始めた。
リベルと出会い番の契りをして聖女の力を得たこと、アルカナ国の聖女の最後の末裔であること、そしてペルデルのカフェの瘴気を払ったこと、故郷から公爵邸に来るときの落石の事故のことなど、フィデスが知っている事柄については全て聖女の力で解決してことを話した。
「カザール王城の瘴気もわたしが浄化しました」
「あのとき眠っていたのはそのせいか?」
「はい、申し訳ありません。わたしが公爵様を眠らせてその間に浄化しました」
「そんなこともできるのか……」
フィデスは右手で顔を覆い俯いた。
尋常ではない力を持っていることを気味が悪いと思っているのだろうかと、ルチアは落ち込んだ。
「…浄化もできるし、治癒もできる。岩を消すこともできる。人を眠らせることもできる。他にも何かできるのか?」
顔を上げたフィデスは高揚した面持ちだった。
「わたしのこと気味が悪くないのですか?」
「?…何故気味が悪いと思う?わたしは今胸が高鳴っている。こどものときから憧れていた聖女と竜が、こんなにも間近にいたことに!日頃信じていない神にすら感謝したいぐらいだ」
ルチアはホッとした。フィデスに物を移動する力や瞬間移動、消したり復元したりすることもできることを話した。ただ記憶を消せることは言わなかった。
「そうか……すごいんだな。しかし、他の者に知れたら利用されかねない。わたしは絶対に誰にも言わない。ルチアもバレないように」
ルチアは頷いた。少し肩の荷が降りたような気持ちにもなった。
「魔王が現れたのなら対策を立てねばならない。だが今は瘴気だけで魔物が現れているわけではない。もし魔物や魔王が現れたときは、その聖女の力に頼ってもいいか?そのときはみんなに知られることになるが」
「もちろんです。そのときはこの力で闘います」
フィデスは頷きながら微笑んだ。
「今から登城して王太子に魔王のことは話してくる。いつ魔王や魔物が現れてもいいように対策をしなければならない」
「信じてくれるでしょうか?」
「信じなければそれはそれで、公爵家だけでも対策するさ。後で後悔しても自業自得だろう」
フィデスは上着を着ながら真剣な顔で言った。
フィデスが王城に行ったあと、ルチアはリベルと庭園を散歩しながらフィデスに全てを話したことを報告した。
《公爵の様子はどうだった?》
「うーん、なんか嬉しそうだった」
《そうだろうね。だって僕を欲しがったのも聖女と竜に憧れていたからでしょ》
「誰にも言わないし、バレないようにした方がいいと言ってくれたわ」
《うん、公爵は信用できるよ……それよりルチア、魔王が現れたのなら一度アルカナ聖国に戻って長老の竜たちに報告したいんだけど》
ルチアは驚いてリベルを見た。
「アルカナ聖国って遠いのでしょう?心配だわ」
《あー、もちろんルチアも一緒にだよ。僕は聖女を探すためにアルカナ聖国から出されたのだから、僕だけでは帰れないよ》
ルチアはますます驚いた。
「えっ、わたしも⁈……そっか、そうだよね……何日かかるかなぁ」
《ルチアの力で大きくしてくれたらそれほど時間かからないよ。今のような小さい身体だと休憩しながら四、五日はかかるけど大きいと急げば一日あれば着くよ》
「え、一日あれば着くの?」
《空を猛スピードで飛べばね。地上のように障害物を避けながら行かなくていいし。ただし力が途中で切れると危ないから休憩挟みながら力のかけ直しと体力の回復をしてもらうよ》
「わかった、一緒に行く。公爵様が帰ってきたらいつ出てもいいか聞いてみるわ」
そのとき、ミランダのルチアを呼び声が聞こえた。
「はーい、今行きます!」
ルチアは大きな声で返事して急いでミランダのところへ行った。
「何かご用ですか?」
「悪いけど今から街にお使いに行ってもらえるかしら?あなたご指名なのよ」
ミランダがため息交じりに言った。
「わたし指名ですか?それはどこですか?」
「ペルルというカフェなんだけど知ってる?」
ペルルはペルデルのカフェだ。
「はい、知っています」
「そのカフェ、サンマール侯爵夫人が出資しているらしいのだけど、その夫人がどうしてもそこのケーキをフィデス様に食べてもらいたいからって、ルチアに取りに来るように言われたの。侯爵夫人と知り合いなの?」
サンマール侯爵夫人とは面識がない。おそらくペルデルが何か用事があって断れないように貴族の名前を借りたに違いないとルチアは思った。
「サンマール侯爵夫人とは会ったことはありません。ただそのカフェのオーナーとは知り合いなのでわたしを指名したのかも知れません」
ミランダは知り合いと聞いて安堵の顔を見せた。
「それなら良かったわ。一応護衛も連れて行ってね。何かあったらフィデス様に申し訳がたたないから」
「はい、承知しました」
ルチアはリベルを小さくしてカバンに入れ、公爵家の馬車に護衛と共に乗って街へと向かった。




