52.カザール王城に向かう
翌日朝早くフィデスは王宮に向かった。
昨日の夕食のとき、もしカザール王国が魔王に乗っ取られていたとしたらという話になった。
もしかしたら今後リベルの助けが必要となってくるから、そのときはリベルを戦闘に参加させてもよいかと聞かれた。
本当に魔王の仕業ならばリベルが火を噴いたなんて嘘話ではなく、聖女の力のことを話さなければならないとルチアは思った。
魔王が関わっているかどうかはっきりしたら大事な話をしなければならないので、それを踏まえた上でリベルの戦闘参加を考えてほしいとルチアはフィデスに伝えた。
夕方前に帰って来たフィデスにルチアは執務室に呼ばれた。
執務室に入ったルチアはフィデスの曇った顔を見てあまりいい話し合いにはならなかったのだと思った。
フィデスの話はこうだった。
国境まで早馬で行って帰って来た騎士が見たものは、壊れた砦と息絶えた砦を守っていた衛兵だった。
三人の衛兵が奇跡的に生き残っておりその衛兵からカザールの兵が攻めてきたときのことを詳しく聞くことができた。
ただその衛兵たちはカザール兵侵攻後、大怪我で気を失っていて、気がつくと誰もおらず、カザール兵は首都に向かったのだと思っていたらしい。なので何故カザールの兵士が撤退したかはわからないと話したそうだ。
王太子は抗議の文書を即カザール国王に向けて送ったが、それは形だけになるだろうと、戦争は避けられないとのことだった。
ルチアは三人だけでも衛兵を助けられて良かったと思った。
しかし戦争が始まれば最初に被害が出るのは国境付近の領地だ。
ルチアの育った家のあるオストラル伯爵領はカザールとの国境と隣接している。
何としてでも戦争を止めなければならないとルチアは思った。
夕食後部屋に戻るとルチアはリベルにカザール王国に偵察に行きたいと提案した。
《今から行くとしても朝までに戻って来れるかわからないよ。カザールの城がどこにあるかもわからないしね》
「そっか……ねえ、人を転移できるなら自分自身も転移できないかしら?」
《えっ、無茶な!どこに飛ばされるかわからないのに……今までは悪人だからどこに転移しても仕方ないと思ってたけど、僕たちなら話は別だよ。怖くて無理》
「そうだよね……」
一度実家に戻りたいと口実をつけて何日か休みをもらおうかとルチアは考えた。
でもすぐにもらえず、戦争が始まってしまったら?……ここは正直にフィデスに話してカザールに行くしかないとルチアは思った。
翌日の朝、朝食の準備をしてフィデスの自室に運んだときに、ルチアはフィデスに話があると伝えた。
ルチアはフィデスに朝食を食べてもらいながら、昨夜考えたことを聞いてもらった。
フィデスはしばらく黙ってまま口元に手を置いて考えていた。
ルチアは断られたときは公爵家での仕事を辞めてでも行こうと決意していた。
フィデスが真剣な眼差しでルチアの方に向いた。
「……本当は危険だから行って欲しくないが……戦争を起こして欲しくないというルチアの気持ちもわかる。国としてもリベルに乗って行くのが最速な偵察方法でありがたいとは思う。願ってもない申し出だ……ただし条件がある。わたしも連れて行って欲しい」
ルチアはフィデスの言葉が嬉しかったが、何かあったときフィデスの前で聖女の力を使うのを見られることに躊躇した。
ルチアは俯いたままじっと考えた。
「わたしが同乗できないのならこの話は無かったことにしよう。ルチアの身が大事だ。国が偵察を兼ねて抗議文を持って行っている。帰って来るまで待つしかない」
いくら早馬で駆けたとしても、国境まで二日はかかる。国境からカザールの首都までさらにかかるだろう。それまでに何事も起こらないだろうか。ルチアは不安だった。
「国境からカザールの王城までどのくらいかかるのですか?」
「早馬でも二日はかかるだろう。昨日立ったから帰って来るまでには早くて七日後だ」
七日もかかる。それまでオストラル伯爵領は大丈夫だろうか?何の保証もない。
「わかりました。公爵様もご一緒にお願いします」
ルチアは決心して言った。
「では今すぐにでも立つ準備をしよう」
《ルチア、大丈夫なの?聖女の力を使わなければならなくなったときどうするの?》
「そのときはそのとき。ちゃんと話をして秘密にしてもらうか、記憶から消すか」
ルチアはコソッとリベルに言ったつもりだったが、フィデスには聞こえていた。
「リベルと何の話をしたんだ?記憶を消すとは穏やかじゃないな」
フィデスは微笑んではいるが、探るような目つきで言った。
「あ、えと……」
ルチアがモゴモゴしているとフィデスが寂しそうな顔で言った。
「無理には聞かない。ルチアが話したくなったらでいい。準備をするから二十分後に玄関で」
ルチアは頷いて慌ててフィデスの食べた朝食の食器を持って部屋を出た。
食器を厨房に持って行くとルチアはミランダにフィデスと出かけることを伝えた。
部屋に戻ったルチアは急いで出かける準備をして外に出て、フィデスが来る前に誰にも見られないようにリベルを大きくして玄関前で待った。
フィデスとクラリスが玄関前に現れ、続いてサイオンとミランダも出てきた。
フィデス以外、リベルが大きくなったところを初めて見たのでみんな驚いていた。
「この間より大きい気がするが?」
フィデスがリベルの横に立って撫でながら言った。
「はい、二人乗せるので前より大きくなってもらいました」
「大きさを調整できるのか?本当の大きさはどれくらいなんだ?」
「…さあ…?」
ルチアは苦笑いしながら誤魔化した。
リベルは二人が乗りやすいように地べたに這いつくばった。
「リベル悪いが落ちないように手綱をつけさせてもらうぞ」
フィデスはそう言ってサイオンから手綱を受け取った。
リベルは頷いて大人しく手綱がつけられるのを待った。
「馬用を改良したものだ。ルチアがよくリベルに乗っているので落ちないように作らせておいた」
つけ終わるとフィデスはリベルに跨がりルチアに手を伸ばして言った。
「ありがとうございます」
ルチアはフィデスの手を取ってリベルに乗った。
「では行って来る」
フィデスが言うとクラリスたちが「お気をつけて」と言ってお辞儀した。
リベルが空中に舞うとルチアはクラリスたちに手を振った。
クラリスたちも手を振り返した。




