45.休日の朝
ルチアがオルドの講義を受け始めて三ヶ月が過ぎた。
ダンスのレッスンも順調に進みあとは経験を積むだけになった。
最終日はフィデスが留守のため講義だけだった。
「本当に優秀な生徒でした。こんなに早く覚えられる者は僕が教えた中ではルチアがダントツです。ダンスもバッチリですよ。表情の硬さが取れれば百点です」
「三ヶ月ありがとうございました。オペランティ卿の教え方はとてもわかりやすくて楽しく講義を受けられました。本当にありがとうございました」
ルチアは何度も頭を下げた。
「残念でもありますね。明日からここに来れないので。今からは教師のオペランティではなく、友人オルドとして付き合ってくれたら嬉しいな」
オルドは哀願するような顔をしてルチアを見た。
「そんな、わたしのような平民が貴族様の友人だなんて…」
ルチアは困り顔で首を横に振った。
「前にも言ったけど、貴族の三男坊なんて平民みたいなものだよ。それに友人になるのに貴族も平民もないと思っている」
オルドの真剣な顔にルチアは頷いた。
「ありがとうございます。では今から友人でお願いします。オルド様」
オルドの顔がパアッと明るくなった。
「こちらこそよろしく。今度休みがもらえたらまた街に出かけよう。美味しいスイーツの店が新しくできたそうなんだ。一緒にどうかな?」
「はい、是非とも」
オルドはルチアの両手を取って握り締めた。
「ありがとう、じゃあ連絡待ってるね」
「コホン!」
談話室の入り口でクラリスが咳払いをして立っていた。
「オルド殿、馬車の用意ができた」
ルチアは慌ててオルドの手を離した。
「名残惜しいな。どうせ戻ってくる馬車ならルチアも乗って行かない?公爵様は留守だから専属侍女の仕事はないでしょう?」
「馬車はオルド殿を送った帰りにフィデスを迎えに行く予定だ。ルチアが良ければ構わないが」
クラリスがニンマリ笑って言った。
ルチアはフィデスに何しに来たのかと怪訝そうに言われたら耐えられないと思い断った。
「ごめんなさい、オルド様。お掃除や夕食の準備がありますので今日は無理です。また休みのときに会いましょう」
オルドは残念そうな顔をしたがルチアが休みのときに会おうと言ってくれたのでそれで満足して帰って行った。
次の休日、ルチアは約束通りオルドと街に行く予定だった。フィデスがそのことを知るまでは。
ルチアが休日の朝、フィデスの部屋にミランダが朝食を運んだ。
「ルチアはどうした?」
いつもは専属侍女のルチアが朝食をフィデスの部屋に運んでいた。
「ルチアは今日は休みを取らせています」
ミランダが言うと、椅子に座って新聞を読んでいたフィデスが新聞を置き目を輝かせた。
「ルチアは今日は休みか。では一緒に出かけようと伝えてくれ」
ミランダは少し困った顔をして言った。
「今日はオペランティ様と街へ出かける約束をしているようですが」
フィデスは怪訝そうな顔をした。
「オペランティ卿と…?」
「はい。前から約束していたようです」
ミランダはワゴンから朝食の皿を取ってテーブルに置きながら、チラリとフィデスを見て答えた。フィデスの顔が曇っていくのを見たミランダはささっとお茶を注ぎ、お辞儀をして急いで部屋から出ようとした。
「ミランダ、ちょっと待て」
部屋のドアの前まで来たとき、フィデスに呼び止められたミランダはしまったと言う顔をしてから振り向いた。
「何でしょうか?」
フィデスの顔がかなり落ち込んでいるように見えた。
「あ、いや……いい、行ってくれ」
フィデスは視線を落とし、ため息をついた。
ミランダはフィデスがルチアに気があるが自覚していないようだとクラリスから聞いていた。
いつも堂々としていて顔色ひとつ変えないフィデスが、女性のことでこんな情けない姿を見るのは幼少期から知っているミランダでも初めてだ。
ルチアは平民だ。公爵家の嫁には相応しくない。だが、今まで女性に全く興味を示さなかったフィデスが自ら雇い入れ専属侍女にした。
これで少しは女性に興味を持ってくれれば嫁を娶る気にもなるのではないか、公爵家も安泰だとミランダは思っていた。
まさか平民の娘にここまで本気になるなんて思ってもみなかった。
「フィデス様、公爵家の安泰を思うなら早く伴侶をお迎えくださいませ。公爵家に嫁ぎたい貴族令嬢は山ほどおります」
ミランダは心を鬼にして淡々と言った。
「またその話か……はぁ……わたしは女性には興味がないと何度も言っているだろう。後継が必要なら傍系から養子を迎えればいい」
フィデスは怪訝そうに言った。
「本当に女性に興味はないのですね。ではルチアのことも私的に関わるにはおやめください」
ミランダはそう言って部屋を出て行った。
フィデスはミランダが言っている意味がよくわからなかった。確かにルチアは女性だが、公爵家の嫁とは何の関係もない。何故私的に関わってはいけないのか。
フィデスはルチアに会いに行こうとさっさと朝食を終えて、続き部屋のドアをノックした。
ルチアがドアを開けた。
このドアからフィデスが訪ねてくるなんて珍しいとルチアは思った。
「公爵様、何かご用ですか?」
「今日は休みだと聞いて、一緒に出かけないか?」
ルチアはフィデスの言葉に心が躍るくらい嬉しかったが、オルドとの約束があるので無理だと思った。
「お誘いありがとうございます。でも今日は他の方と約束しているので」
「オペランティ卿か?」
フィデスは眉をしかめて言った。
ルチアは何故知っているのだろうと思いながら「はい」と答えた。
「どうしても行かなければならない約束か?」
フィデスの声は優しかったが、切望しているように感じた。
「…前から約束していたので」
「前とはいつ?」
「…オペランティ卿の最後の講義の日に」
「ではわたしの申し出の方が早いな。今日はわたしと出かけよう」
「えっ、いつ…」
「ルチアが馬車に轢かれたこどもを助けた日だ。街を案内すると言っただろう?」
そういえば確かにそんなことを言われたが、大丈夫だと断ったはずだとルチアは考えた。
ルチアが返答に困っているとフィデスがルチアの手を取り言った。
「オペランティ卿との約束を断れないなら、わたしも一緒に行ってもいいだろうか?月に二、三回領地に連れて行くという約束も果たせたいないからな」




