42.王都見学
馬車でひと通り街を回りながらルチアは教会や美術館、劇場、貴族御用達の店が並ぶ商店街などオルドから教えてもらった。
「半日では回りきれないからとりあえず、公爵様のお供で行きそうな場所を案内してみた。あとは広場で馬車を降りて市場を見に行こう。ルチアは行きたい場所あるかな?」
ルチアはいろいろ行ってみたかったが、今日は市場だけで十分だと思ったので特にはないとオルドに返答した。
広場で馬車から降りるとそこにいた数名の貴族令嬢らしき人たちが何やらルチアの方を見てコソコソ話をしていた。
「コンコルディア公爵家の馬車が来たものだから誰が乗っているのか気になったんだろう。ルチアは気にしなくていいよ」
オルドはそう言ったが、自分のような平民が公爵家の馬車を私用に使うなんて誰もいいように思わないだろうとルチアは思った。
ルチアが申し訳なさそうな顔をしているとオルドが冗談っぽく言った。
「公爵様は独身な上あの容姿でしょう。狙っている貴族令嬢がたくさんいるんです。本人は今まで女性には全く興味なさそうでしたけどね。僕にはルチアは公爵様にとって特別な女性なのだと感じますよ。だから堂々と馬車を使って良いのです」
ルチアはオルドの言葉に顔が熱くなったが、冗談が上手だと思った。
「オルド様、平民の小娘相手にそのような冗談、公爵様がお聞きになったら叱られますわ」
ルチアはにっこり微笑んで言った。
「おっ、なんか貴族っぽくなったね、ルチア。今の言い方や仕草とても平民とは思えないよ」
「ありがとうございます。先生の教え方が素晴らしいので」
ルチアはクスクス笑った。オルドも一緒に笑った。
「ではルチア嬢、参りましょうか?」
オルドは右肘を突き出して言った。
腕を掴めということだとルチアは理解したが、自分のような者が貴族の腕を掴んで良いのか迷った。
「ルチア、僕に恥をかかすつもりですか?男性がこのような態度を取ったら女性は素直に受ければいいんですよ。それもマナーです」
ルチアは頷いて照れながらオルドの腕に左手を置いた。
広場から北に王宮が見えた。フィデスはまだ王宮にいるのかしらとルチアは思った。
広場を西に歩いていくと市場があった。
野菜や果物、肉や魚、香辛料を売る店、パン屋、鍛冶屋、革細工、布地、陶器など様々な店が所狭しと並んでいた。
市場に貴族らしい人はほとんどいなかった。
「オルド様はよくここに来られるのですか?あまり貴族の方はいらしゃられないようですが」
ルチアが真剣な眼差しで聞くと、オルドは苦笑いしながら言った。
「僕は子爵家の三男坊でね。貴族の三男坊といえば平民と変わりないよ。爵位も領地もない。剣は苦手で騎士にもなれず、せめて知識だけでもと頑張って勉強したが、活かせる場所がない。細々と貴族家の子息子女の家庭教師をしている身だよ」
「オルド様ほどの知識や教養があれば国の政務機関にでも勤められるのでは?」
ルチアが言うとオルドは少し寂しそうな顔つきになった。ルチアは聞いてはいけないことだったのかと手で口を押さえた。
「国政には二番目の兄が官僚としてあがっている。同じ家門から二人は出せないんだ」
オルドは明るく言ったが、その顔は憂いを帯びていた。
王宮でなくても高位貴族の補佐官や執事でも十分ではないかとルチアは思ったが、きっと何かの理由でやれないのかなと考え、言うのをやめた。
ルチアとオルドは市場をゆっくりと見て回った。
広場に戻る途中、人が集まって騒いでいた中、声が聞こえた。
「誰か、誰かお願いです!息子を、息子を助けてください……」
ルチアは急いで群衆をかき分けて声のする方に行った。
怪我をしてぐったりしている五歳ぐらいのこどもを抱いた母親らしき人が泣き喚いていた。
ルチアは近くにいた人に何があったか尋ねた。
「あのこどもが飛び出したところにちょうど貴族の馬車が通って轢かれちまったんだよ」
「その馬車はどこに?」
「平民の子だとわかってさっさといっちまったよ!」
ルチアは悩むことなくこどもを助けようと思ったがここでは目立ちすぎる。
ルチアはオルドに乗って来た馬車にここまで来るように頼んだ。
「お母さん、息子さんは必ず助けます。なので落ち着いてください」
ルチアが母親を励ましていると馬車がすぐ近くで止まった。コンコルディア公爵家の紋章が入っているが、乗って来た馬車ではない。
馬車からフィデスが降りて来た。
「やはりルチアか。こんなところでどうした?」
「公爵様!この子が馬車で轢かれて……」
フィデスは周りを見た。
「轢いた馬車は?」
「この子を見捨てて去ったそうです」
ルチアが唇を噛み締めながら言った。
「何だって⁈ すぐに医者を呼んでこよう」
フィデスが馬車に戻りかけたとき、オルドの乗った馬車がついた。
「オルド様、申し訳ありません。すぐにこの子を馬車に乗せてください!」
オルドは頷いてこどもを馬車に乗せた。
「オルド様、ここからはわたし一人で」
ルチアはそう言ってオルドに馬車から降りてもらい、窓のカーテンを閉めた。
フィデスがルチアの乗った馬車に近づいて声をかけた。
「ルチア、何をするつもりだ?」
フィデスは言いながらオルドの顔を怪訝そうに見た。オルドは肩をすくめて首を横に振って何もわからないと意思表示した。
しばらくすると馬車のドアが開いた。
「ジミー!」
母親がルチアが抱いているこどもに駆け寄って来た。
「ママ!」
こどもはルチアから飛び降りて母親にしがみついた。母親は何度もルチアに頭を下げながら礼を言った。
群衆はどよめいたが、大した怪我でなくて良かったと口々に言って散らばった。
「驚いた。君は医療の経験があるのか?」
オルドがルチアに近づきながら不思議そうな顔をして聞いた。
そのオルドを遮るようにしてフィデスがルチアの前に立った。
「服が血で汚れている。すぐに買いに行こう」
ルチアが見ると袖とお腹と胸の辺りに血がついていた。こどもを抱いたときついたのだろう。
「このぐらい大丈夫です。それより公爵家の馬車に血がついてしまったかもしれません。申し訳ありません」
ルチアは謝りながら馬車の中を覗こうとした。
「人助けをしたんだ。構わない。それよりルチアの服を替えたい。オペランティ卿はその馬車で先に帰っていてくれ」
フィデスはオルドを横目で見ながら言い、ルチアの腕を掴んで近くの洋服店に入った。




