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40.新しい教師

 翌日、フィデスとリベルの朝食の準備、食事中の介助、後片付けが終わったルチアは早速ミランダから礼儀作法を教わった。

 立ち方、歩き方、相手によって異なる会釈の角度・挨拶の言葉を午前中は教わった。

 フィデスとリベルの昼食が終わるとルチアは食事を兼ねてマナーを学んだ。

 しばらく昼食の時間はマナー講習になりそうだ。


 ルチアがミランダから教わり始めて十日が経った頃、ルチアに講義をしてくれる教師が公爵家にやって来た。

 ルチアは昼食後、執務室に呼ばれ部屋に入ると端正な顔立ちで肩より長い金髪を後ろで束ねた男性がいた。


《何だか軽薄そうな男だね》


 リベルがその男を見て言った。


「きみががルチア?今日からきみの教師を務めるオルド・オペランティです。よろしく」


 オルドはルチアの手を取り甲に口付けた。

 ルチアはびっくりして後ろに下がろうとして転びかけたが、オルドがルチアの手を引っ張り腰を支えた。


「大丈夫かな?」


 顔が近いとルチアは再び驚いてコクコクと頷いて俯いた。


「クラリス、今すぐ女性の教師を探してこい」


 フィデスが怪訝そうな顔で低く冷静を装った声で言った。


「フィデス、オルドは優秀な教師だ。私情を挟まないで欲しい」


 クラリスが呆れ顔で言った。


「私情とはどう言うことだ?ルチアはもうこどもではない。男女二人きりで過ごすことになるのだぞ」


 フィデスは少し強めの口調でクラリスに言った。


「先ほども言いましたようにリベルがいつも側にいることですし、オルドが公爵家に泥を塗るような真似はしませんよ」


 クラリスも負けずにキッパリと言い返した。


「ご心配なく。女性に困っていませんのでルチアを僕から誘惑することなんて絶対にありません。ただし、僕も男ですから彼女から誘惑してきたらわかりませんけどね、こんなに魅惑的なお嬢さんですから」


 オルドがおどけたように言うとフィデスが怒りを抑えたように言った。


「オペランティ卿、悪いが帰ってくれ。この話は無かったことに」


 クラリスがオルドに叱咤するように言った。


「オルド、わたしはお前の才能は知っている。お前の兄ティグリスからも頼まれたから今ここにいてもらっている。だが、今の発言は公爵家に対してもルチアに対しても不躾な発言だ。推薦している僕の顔にも泥を塗った。この話はなかったことにしてもらう。ティグリスにもそう伝えておく」


 オルドは下唇を噛み締めてから謝った。


「…申し訳ありません、失言でした。二度とこのような冗談は申しませんのでお許しください」


 オルドは場を和ませようと冗談を言っただけなんだとルチアは思った。

 少し軽い感じの人だが、そもそも手の甲にキスの挨拶なんて貴族間では通常だし、転びそうになったのを支えてくれただけだ。

 なのにルチアが過剰反応をしてしまったせいで、フィデスが気を遣って言っているのだとルチアは思った。

 せっかくクラリスが探して来てもらったのにこのままクビだなんて申し訳ない。


「公爵様、せっかく来ていただいたのにこのまま帰っていただくのは申し訳ないです。わたしが慣れなくて過剰に反応してしまったことが要因なら申し訳ありません。わたしは大丈夫です。オペランティ卿はわたしの緊張をほぐすために冗談を言ったのだと思います。男女二人きりがダメならミランダさんにも一緒にいてもらいます。ミランダさんが忙しければ誰もが見える庭園で教えてもらいますので、どうかオペランティ卿を帰さないでください」


 ルチアは両手を合わせて懇願した。

 フィデスは沈痛な面持ちでルチアを見つめたあと息をフーと吐いた。


「……オペランティ卿、ルチアがこう言うのできみを雇う。ただし、ルチアには指一本たりとも触れないように」


 クラリスはやや安堵顔でオルドに言った。


「ルチアの優しさに救われたな。フィデスの慈悲だ、必ず守るように」


 オルドは深々と頭を下げた。


「承知致しました。しかしダンスを教える時はどうしましょうか?」


 フィデスが顔をしかめた。

 クラリスはそれを見て口に手を当て顔を横に向けてニヤけ顔を隠した。


「ダンスのレッスンのときは……わたしに声をかけてくれ」


 フィデスが少し小声で言ったのを聞いてクラリスは笑い声を漏らしてしまった。


「クラリス、何がおかしい」


 フィデスはクラリスに向かってしかめっ面で言った。


「ありがとうございます…ではこれから講義させていただきます…どちらでさせていただいたらよろしいでしょうか?」


 オルドはほんの少しオドオドしていた。


「…図書室がいいだろう。役に立つ本もあるだろうから。クラリス、ミランダに図書室に行くように伝えてくれ」


 フィデスが言うとクラリスは返事してすぐにミランダに言いに行った。


「図書室はわたしが案内する。ついてきたまえ」


 フィデスはそう言って執務室を出た。

 ルチアは図書室がどこにあるか知っていたが、フィデスの案内にオルドとついて行った。


《なんか起きそうな予感がするよ。あまりオルドとは親しくならない方が良さそうだよ、ルチア》


 図書室に行く途中でリベルが言った。ルチアはリベルが言ってることの半分も理解できていなかった。なぜ親しくしてはいけないのだろうとルチアは考えた。

 リベルは本人すら気づいていないフィデスの気持ちを慮って言ったことだ。


 三階まで階段を上がり、図書室のドアの前まで来るとフィデスは立ち止まり少し考え事をしているようだった。


「やはり執務室に戻ろう。この階はわたしたちの寝室があるし。毎日なら執務室の隣の談話室の方が三階まで上がって来るよりいいだろうし、わざわざ第三者にいてもらわなくても済む」


「わたしたちの寝室……?」


 オルドがその言葉を聞き逃さなかった。

 なんて誤解を招く言い方をフィデスはしたのだろうと思い、ルチアは慌てて訂正した。


「あの、わたしとリベルの寝室もここ三階にあるのです」


「そうなんだ」


 オルドはにっこり微笑んだ。


 三人とリベルは階段を降りた。降りている途中でミランダに会い、事情を説明してミランダは業務に戻った。


 執務室に戻った三人を見てクラリスが呆れ顔になった。

 執務室に繋がる談話室のドアを開けたまま、ルチアはオルドの講義を受けた。


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