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37.公爵邸へ

 近郊の宿に予定よりかなり遅い時間に着いたが、公爵家の予約だったので宿の主人は気持ちよく迎えてくれた。

 お風呂にも入り、冷えた身体を温めることができた。

 夕食も残しておいてくれていた。みんなで食堂でいただいた。

 怪我をしていた騎士も何事もなかったかのように元気にしていた。騎士はルチアが食堂に来るとすぐに寄って来て、深々と頭を下げて礼を言った。


「息もできないくらい痛くてもうダメかと思って覚悟していました。なのに不思議です。擦り傷しかないのです」


「きっと落馬で頭も打って朦朧としていたんですよ。良かったですね、たいしたことなくて」


 ルチアは作り笑いをして誤魔化した。

 落石が光とともに消えたことについても騎士の間で話題に上った。

 落石が跡形もなく消えたのはリベルが崖に落としたということにした。

 リベルが力を出したときに光ったように見えたのではないかと苦しい言い訳をしたが、幸い暗かったのと雨が激しくてよく見えていなかったようだ。

 リベルは一躍アイドル並みの扱いになった。その飼い主のルチアの指示で動いたということと、騎士を手当てしたということでルチアも護衛騎士たちから一目置かれるようになった。

 ミランダも例外ではなかった。宿についてから騎士やアイザックに話を聞き、ルチアへの態度が緩やかになった。それこそ本当に貴族令嬢にでも接するかの如く丁寧になった。

 ルチアはそれはそれで気まずかった。これからミランダの下について仕事をする身だ。丁寧に扱われるとどう接していいかわからなくなる。

 ルチアは部屋に戻るとベッドに飛び乗って大きく息を吐いた。


《疲れたね。明日は昼前に出発だと言っていたからゆっくり眠れるね》


「うん、リベルをお疲れ様。何とか誤魔化せたようで良かった……おやすみ」


 ルチアはすぐに眠りについた。



 朝早く部屋の扉をノックする音がした。

 リベルが気づいてルチアを起こした。


「……今日は昼前に出るんじゃなかった…?」


《朝食でも持って来てくれたんじゃない》


「う〜ん、食べるより寝たい……」


 またドアを誰かが叩いた。


《出た方がいいんじゃない?急ぎかも》


 ルチアはベッドから目をこすりながら出てドアを開けた。

 ドアの前にいたのはフィデスだった。

 ルチアはびっくりしてドアを閉めた。ルチアはドア越しにフィデスに向かって言った。


「すみません!公爵様だと思わなくて、着替えるまで少しお待ちください」


 ルチアは急いで着替えてドアを開けた。


「すまないルチア。起こしてしまったな。深夜騎士が報告に帰って来て、この目で確認するまでは心配で朝一で来てしまった」


 リベルの心配をしているのねとルチアは思った。


「リベルこっちに来て」


 ルチアに言われリベルはルチアの腕に飛んできた。


「この通り、怪我もなく大丈夫です」


 ルチアはにっこり笑ってリベルをフィデスの前に差し出した。


「あ、いや…心配したのはルチアだが……雨の中後続馬車のために無理をしたのではないかと」


 わざわざ自分のために朝早くここまで馬を走らせて来たくれたのかとルチアは胸が熱くなるのを感じた。


「…わ、わたしは全然平気です…すみませんわざわざ来ていただいて…」


 ルチアは赤くなった顔を隠すように俯いた。


「朝食はまだだな。良かったら一緒に食べないか?」


 ルチアは俯いたまま頷いた。



 朝食後、荷物の片付けをして王都に向けて出発するためにルチアは馬車に乗り込んだ。

 馬車に乗ってルチアは驚いた。ミランダが座っているはずの席にフィデスが座っていたのだ。


「あの、ミランダさんは?」


 ルチアはおずおずと聞いた。


「侍女長は後続の馬車に乗ってもらった」


「公爵様は馬で来られたのでは?」


「馬は騎士に頼んだ。ちょうど一頭いなかっただろう?」


 つまり馬車の中で二人きりということだ。リベルがいるが。

 ミランダといるより気まずいとルチアは思った。


「出発時刻が早まって申し訳ない。昼までには帰らなければならなかったんだ」


 フィデスが言うとそれを聞いてリベルが呆れたように言った。


《自分の馬で先帰ればいいだけの話だよね》


 ルチアもリベルに同感だった。


《そんなに一緒にいたいのかなぁ。どうせ無意識だろうけど》


 ルチアは何の話と思ってリベルを見た。


《鈍感同士だから先は長いね》


 リベルはそう言うとフイッと横を向いて身体を丸めた。

 ルチアは何のことを言っているのか後で聞かなければと考えていた。


「屋敷に着いたらルチアの部屋は準備しているから、荷物は使用人に運ばせたらいい。ルチアはわたしと一緒に昼食を取ろう」


「え、いえ公爵邸に着いたらわたしはもう使用人です。公爵様と一緒に食事をするわけにはいきません」


 ルチアの言葉にフィデスは寂しそうな顔をした。


「そうか…ではやはり客人として扱おう。せっかく来てもらったのに一緒に食事もできないなんて」


 ルチアは慌てて言った。


「リベルはもともと客人扱いでしたよね。リベルは一緒に食事させてください。わたしはリベルの世話をしながら公爵様のお世話もさせていただきますので」


「……そうだな。専属侍女ということはわたしの世話係だな。まあ、それでいいだろう」


 ルチアはホッとした。貴族でもないのに客扱いなんて、平民の世話なんて公爵邸の使用人が絶対嫌がるに違いないので、フィデスが納得してくれて助かったとルチアは思った。


 公爵邸に着くと使用人たちが玄関前に並んでいた。


「お帰りなさいませ、閣下」


 白髪に口髭を生やし姿勢の良い紳士が一歩前に出て言った。

 フィデスはリベルを抱いたルチアを引き寄せて言った。


「この者は執事のサイオンだ。サイオン、ルチアと竜のリベルだ」


「よろしくお願いします、ルチア様」


 サイオンは頭を下げて言った。

 ルチアが慌てて自分は使用人だからと言いかけたのをフィデスが遮る形で言った。


「全員よく聞け。今日からこの屋敷に来てもらうことになった竜のリベルとその飼い主のルチアだ。本来は客人扱いにしたいところだが、ルチアの意向で働きたいというのを尊重してリベルの世話係とわたしの専属侍女になってもらった。わたしの我儘で来てもらっている。くれぐれも非礼のないように頼む」


 ルチアは恥ずかしくなった。平民の自分がこんな扱いをされるなんて申し訳ないと感じた。

 この後部屋に案内されてルチアは困惑極まりない状態になった。


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