36.山中で落石
翌朝夜明け前にリベルに起こされてルチアは起きた。
予定通り夜明けとともに馬車は出発した。
ルチアは馬車の中で朝食のパンを食べたがミランダを前に緊張して何とか喉を通ったと言う感じで味がしなかった。
途中の街の食堂で昼食を食べたが、また個室を頼んでくれていた。
貴族のために個室が設けられているんだなとルチアは思った。
アイザックが食べながらミランダに話しかけた。
「この先の山中でちょくちょく盗賊が貴族を襲っていたでしょう?その盗賊が捕まったこと聞いていますか?」
「ええ、知っています。なので今回護衛の数を減らしたのです」
「何でも王城の衛兵の寄宿舎の近くに急に現れたとか、馬も一緒に眠っていただとかあれこれ噂が飛び交っていましたね」
「噂は噂です。そんなこと信じる方がどうかしています」
「何でも目覚めたときには改心していてアジトも白状したとか。今は罪人ばかりの鉱山で真面目に働いていると聞きました」
ルチアとリベルは顔を見合わせた。
《きっと例の盗賊だよね。ルチアはそんな遠くまで移動させたの》
ルチアはどこへ移動させたかはわからなかった。誰の迷惑にもならない場所とイメージしただけだ。ただそのとき盗賊だから騎士の姿が思い浮かんだのは覚えている。
食事が終わるとすぐに出発した。
山中を走っているときに大雨が降ってきた。かなり激しく降り出したが、雨宿りする場所が山中にはないので山を抜けるまでは走ることになった。
「護衛騎士の方や御者の方はびしょ濡れですよね。雨で足場も悪くなっているし、大丈夫でしょうか?」
ルチアは心配になってミランダに聞いた。
「仕方がありません。山を抜けたら少し休憩しましょう」
そのとき後方で大きな音がした。
「落石だ!」
護衛騎士の一人が叫んだ。
馬車が停止し、護衛騎士がミランダに声をかけた。
「後ろの馬車が落石にあって通れなくなりました。馬車が無事かも確認できません。とにかくここは危険ですのでこの馬車だけでも早く山を抜けようと思います」
「わかりました。仕方がありません」
ミランダはそう答えたがいつものような淡々とした声ではなく、不安そうにアイザックたちを心配するような面持ちで声が少し震えていた。
ルチアは後ろの馬車がどうなっているかもわからないのに放置して行くことはできないと思った。
「リベル!」
ルチアはリベルに声をかけ、馬車のドア開けた。
「ルチア様!どちらへ⁈」
ミランダが慌ててルチアを止めようとした。
「大丈夫です。ミランダさんはここにいてください!」
ルチアとリベルは馬車から降りて落石があった方に向かった。
護衛騎士がびっくりして御者に馬車を動かさないように指示してルチアを追いかけた。
道幅いっぱいの大きな岩が落ちていた。
「ルチア様!馬車にお戻りください!」
護衛騎士が追いかけてきて言った。
落石の前にいた二人の護衛騎士が振り返ってルチアを見て驚いた。
「危険ですので近づかないでください!」
「向こうはどうなっているかわからないの?」
ルチアが落石の前にいた護衛騎士に尋ねた。
「わたしが通り過ぎてすぐに落ちてきたのです。護衛騎士二人とアイザックと御者がどうなっているかわかりません。声をかけても何も聞こえません。この雨でかき消されているだけなら良いのですが」
ルチアはリベルに小声で話しかけた。
「いい?わたしが小声でスペルを唱えるからリベルが力を使ったように見せかけて。記憶は消そうと思うけどここで消しちゃうと雨の中で気絶しちゃうから」
《了解です》
ルチアは護衛騎士をかいくぐって岩に近づいた。
「ルチア様!」
ルチアはリベルを抱えて岩に手を当ててスペルを唱えた。
「デレオ」
岩が光に包まれ跡形もなく消滅した。
護衛騎士たちは呆然としていた。
ルチアは走って消えた岩の向こうに行った。
どうやら馬車は無事そうだ。ルチアは馬車に近寄ってドアを叩いた。
窓からアイザックが顔を出した。
「ルチア様!」
アイザックはドアを開けてルチアを中に招き入れた。
中には御者と騎士もいたが騎士の一人怪我をしているようだった。
後から先ほどの護衛騎士もやって来た。馬車には乗れないので外で待機した。
「大丈夫ですか?」
ルチアが聞くとアイザックが不思議そうに言った。
「ルチア様こそ、大きな岩で塞がれていたはずでは?」
ルチアは聞こえないふりをして怪我をしている騎士を見た。
騎士は腕と頭から血が流れていた。息が荒く身体を動かせないようだった。
「ちょうど落ちてくる岩の真下にいて、馬がびっくりして前足を高く持ち上げて後ろに落馬したのです。そのおかげで岩には挟まれませんでしたが、落馬の怪我が…」
怪我をしていない騎士の一人が言った。
全身を強く打って骨が折れているのかもしれない。折れた骨が内臓に刺さっていれば命がない。
早く治癒しなければ危険だと判断したルチアは一世一代の演技をした。
「わたしは資格はありませんが医療の知識があります。彼を早く治療しなければ命の危険があります。今から治療しますので皆さんは雨の中申し訳ありませんが降りてください」
みんなルチアに言うことを信じて良いものか迷ったが、騎士の顔色を見る限り、あまり持たないと考え、三人は降りた。
ルチアは馬車のカーテンを閉めた。
「サナーレ!」
ルチアは騎士に手を当てスペルを唱えた。
光が騎士を包み、騎士の顔色が戻り息も正常になった。外傷はきれいになくなってしまうとみんな疑問を持つだろうと思い、擦り傷程度は残した。
ルチアは外にいるアイザックを呼んだ。
アイザックは中に入り騎士を見た。顔色は良くなったが死んだように動かない。アイザックは慌てて心臓に耳を当てた。正常に動いている音がする。
アイザックは驚いた顔をしてルチアを見た。
ルチアはにっこり笑って気絶しているだけだと言った。
落馬した馬は崖から落ちたようだ。ルチアは辛いがそこまでは助けられない。
他の騎士の馬と馬車は無事だったので急いで山を抜けた。
山を抜けると雨が止んだので予定通り王都近郊の宿まで走ることになった。
馬車の中では相変わらずミランダと気まずい雰囲気だったが、ルチアが戻るのを馬車の窓から心配そうに見ていたのを知っている。
びしょ濡れのルチアにタオルを渡し、着替えをするようにも言ってくれて馬車の中で着替えた。




