33.ペルデルに報告
王都に立つ三日前、ルチアは街に出て来ていた。
この一ヵ月の間王都に行く準備のため、ニナと何度か買い物に出て来てはいたが、今日はひとりだった。ダン爺とゆっくり挨拶をしたかったのと服を買うためだ。
ニナと何度か洋服店に行って買ったのだが、ニナが選ぶ服は派手目なものばかりだった。王都に行くならこれぐらいは当たり前だと店員と強引に攻めてくるので断りきれず何着は買ったものの、ルチアはそれを着て王都に行くには恥ずかしかった。
ルチアは使用人らしい地味目の服と靴を買って、ダン爺の本屋に向かった。
「あれ、ルチア!」
後ろから名前を呼ばれてルチアは振り返った。ペルデルだった。
「今日も来てたんだ。最近よく来るよね。今日はひとり?」
「ええ、今日はひとり。ペルデルは?カフェは閉めてるの?」
ルチアはペルデルが持っている買い物袋を見ながら言った。
「休憩がてらちょっと買い出し。ルチアはひとりで来るといつもカフェに寄ってくれないよね。今から来てよ」
ペルデルには王都に行くことを話していない。今度はいつ来れるかわからないのでその話も含めてカフェに寄ることにした。
「あまり時間ないから少しだけ」
ルチアが言うとペルデルは満面の笑顔で喜んだ。
「やった!わたしも休憩中だから一緒に座っていい?」
ルチアは微笑みながら頷いた。
カフェに着いたルチアは奥のテーブル席に案内された。
ペルデルはすぐに厨房に入って行き、しばらくしてたくさんのスイーツを持って来た。
「今日はわたしの奢りだからたくさん食べて」
「いえ、代金はちゃんと支払います」
ルチアは首を横に振りキッパリと言った。
「もう、いつもそう言って奢らせてくれない。恩返しできないよ。飲み物は何にする?」
「じゃあハーブティーで」
「了解!好きなだけ食べててね」
ペルデルはもう一度厨房に下がった。
ルチアは初めて見たスイーツを手の取った。タルトの上にベージュ色の生クリームのようなものがこんもりと盛られている。その上に光沢した栗が乗っていた。
ルチアは一口食べた。ほんのり栗の渋さが残ったクリームが、口の中で溶けるようなスポンジを隠すように包んでいた。
ルチアはタルトごとかじった。相変わらずペルデルの作るタルトは甘さ控えめでまわりはサクッとしていて中はしっとりで美味しかった。
しばらく食べれないなんて残念だとルチアは思った。
ペルデルがお茶を持って戻って来た。
「お待たせしました。あ、栗タルト食べてくれたんだ。自信作だよ。カフェに来てくれた商人が西の方の国で食べたっていうスイーツを聞いて作ってみたんだ。美味しい?」
「うん、すごく美味しい。タルトも相変わらずすごく美味しい。しばらく食べられないのが残念だと思っていたところよ」
ペルデルは一瞬固まった。
「しばらく食べられないってどういうこと?」
「…実は王都に行くことになったの。前に一緒に来た公爵様、あの方の屋敷で働くことになったの」
ペルデルは驚いた顔をしてルチアの手を取った。
「どうして?そんな急に…」
ルチアはそっとペルデルの手を離した。
「急ではないわ。前から打診があったのよ。色々事情があって行くことになったの」
ペルデルは厳しい顔をした。
「…まさかお金に困って愛人契約をしたんじゃないよね?」
「なっ、そんなわけないでしょう!だいたいわたしみたいな魅力のかけらもない田舎娘を愛人にするわけがないじゃないの。お金を払ってでも愛人にするならもっと綺麗な人を選ぶわよ」
ルチアはそう言いながら寂しそうな表情をした。
「わかってないな、ルチアは……」
そう言いながらペルデルはルチアの髪に唇を当てた。
「ルチアは十分綺麗だよ」
ルチアは顔を真っ赤にしてペルデルを見た。ペルデルは上目遣いで唇を髪に当てたままルチアを見ていた。
目が合った瞬間にルチアは席を立った。
「もう行かなきゃ。今日は最後だから奢ってもらうわ」
そう言うとルチアは慌てている出入り口に向かって走って行った。
「ほんとにウブなんだから…王都で待っててね、ルチア」
ペルデルはルチアの後ろ姿を見送りながら呟いた。
ルチアはカフェを出てダン爺の本屋に足早で向かった。
店の入り口の前までくるとルチアは一旦深呼吸をして気持ちを整えた。
「まったくペルデルったら、ああやって女性を口説いて来たのね。浄化されてもそういうところは変わらないのね」
ルチアはブツブツ言いながらドアを開けた。
「ダン爺、こんにちは!」
「おお、ルチア、いらっしゃっい。今日が最後の訪問かな?」
ダン爺にそう言われてルチアは寂しくなった。
「最後じゃないわ。こっちに帰って来たら必ず寄るわ」
「そうかい。じゃあなるべく頻繁に帰って来ておくれ。わしも年じゃていつポックリ行くかわからんからの」
ダン爺は笑いながら言った。
「やめてよ、そんなこと言うのは。大丈夫、ダン爺は長生きするわよ。ものすごく物知りで仙人みたいだもの」
ダン爺はルチアの言葉を聞いて大笑いした。
「そうそう、ルチアに餞別をしようと思ってな………これじゃ」
ダン爺は片手では持てないぐらいの大きさの銀白色の箱をルチアに差し出した。
ルチアはその銀白色の箱を手に取った。
「わっ、思ったより重い。何が入っているの?」
「その箱自体が最強の金属でかなり分厚いから重いんじゃ。中ものはそんなに重くはない。ただ中のものは簡単には取り出せん。箱の繋ぎ目を溶接しておるからの」
ルチアは困った。この銀白色の箱だけでも高価に見える。
「こんな高価なものいただけないわ」
「いや、これは誰にでも渡せる物ではない。わしも年じゃ本当にいつ逝くかわからん。そのときのためにルチアに託すんじゃ。これは使用者によっては国一つ簡単に消滅するかもしれん物じゃ」
ダン爺は小声で言った。
ルチアは驚いた。そんな危険な物を自分に託されるなんて。
「ダン爺、わたしにはそんな危険な物無理です」
「いや、黒紫の竜に選ばれたルチアだからこそ託すのじゃ。他の者じゃダメだ」
ダン爺はそう言うとルチアに椅子に座るように促した。
そして自分の過去についてルチアに語りはじめた。




