26.公爵の天文台
「ルチア!」
フィデスの声と共に灯りが近づいて来た。
「公爵様、お久しぶりです。あの、すみません。人の土地に勝手に入ってしまって」
ルチアは頭を下げた。
「どうして君がここに?いや、どうやってこんなところまで登って来たんだ?」
フィデスはかなり驚いていた。
「実は、リベルと空中散歩をしていて、崖の上にお城があるのを見つけて…」
「空中散歩?リベルと?」
フィデスは持っていたランタンを上下や左右に動かしたりしてリベルを探した。
「え?リベル?」
リベルはルチアの後方で座っていた。フィデスは驚きながらランタンをリベルに近づけた。リベルの首に付けられたグリーンアンバーの宝石がキラリと光った。
「これは驚いた。少しの間会わないうちに随分と大きくなったんだな」
「いえ、あの実は…リベルはもう成体で……日常は一緒に過ごせるようにその…身体を小さくしているんです」
ルチアが目を泳がせながらしどろもどろ説明した。
フィデスはルチアをじっと見てから何かに気づいたように言った。
「ああ、やはり君たちは会話ができるんだな。リベルが成体だなんて本人に聞かなければわからないぐらいの大きさだからね」
ルチアは思わず口を押さえた。フィデスは意味ありげな笑いを浮かべていた。
「こんなところで話も何だから中へ入らないか?リベルは小さくなってくれると助かるな」
ルチアはそれは無理だと言いたかったがどう言おうかとリベルの方を向いた。
《僕はここにいるよ。目の前で力使えないでしょう》
「……あの、ここって公爵様のお家ですか?」
ルチアは話題を変えてみた。
「ああ、ここは家ではなく天文台だよ」
ルチアは首を傾げた。
「天文台とは天体観測をするところさ。星とかね。わたしの趣味で作ったんだよ」
「そうなんですね……星の観測なんて素敵ですね」
ルチアは一度見たみたいなと思った。
「今から見て見るかい?」
フィデスの声が少し弾んで聞こえた。ルチアはいつ帰れるかわからなくなりそうだったので見たい気持ちを抑えて言った。
「…いえ、今日はもう遅いので帰ります。ここは公爵領なのですね。遠くまで来ちゃった。」
「オストラル伯爵領とは隣接しているのでそう遠くはないよ。しか残念だな。わたしも忙しくて久しぶりに観測しに来たんだ。そして君たちに会えた。やはり運命を感じるよ」
フィデスは真剣な眼差しでルチアを見つめながら言った。
ルチアは胸が高鳴ったが、フィデスが言っているのは聖女と黒紫竜のことであってわたし自身を見て言っているわけじゃないと言い聞かせた。
「では公爵様、失礼します」
ルチアはそう言ってリベルの背に乗った。
「気をつけて。また会いに行くよ」
リベルが飛びだすとフィデスは手を振った。
《家を出たいこと相談すればよかったのに》
リベルは飛びながらルチアに言った。
「そんな、前回会ったときにはっきり断ったのに次会ったらお願いしますだなんて、むしがよすぎて言えないわ」
《そう?公爵なら喜んで迎え入れてくれそうだけど》
「それはリベルだけよ。リベルがわたしから離れないからわたしが必要なだけで、公爵様からすればわたしはお荷物みたいな立場なの」
《そうかな?》
「そうよ。わたしみたいな何の取り柄もない者が必要とされるわけないでしょ」
《取り柄?そんじょそこらの者より十分力がありますけど?》
「それは秘密でしょ。それを省くと何もないじゃない」
《一番重要だと僕は思うんだけどなぁ》
「もういいから。力のことは誰にも知られたくないし、よほどのことでなければ使いたくないの、というか使うような事案が起きて欲しくない」
聖女の力なんてルチアが望むスローライフには不必要なものだと思った。
翌日、ルチアはモリーに頼まれて街にお使いに行った。
一人なのでカフェには寄らないつもりだった。
頼まれた買い物を済ませ、ダン爺の本屋に寄った。
「ダン爺、お久しぶりです。何か面白い本入荷した?」
「おお、ルチアか、久しぶり。そうそう、ちょうど良かった。前に買って帰った冒険家の本、あれもう読んだかの?」
ダン爺は何か申し訳なさそうに言った。ルチアはピンときた。
「あ、そうだ、それ!読んだけどダン爺が言ったように三十年分の冒険話は書かれていなかったわ」
「そうなんじゃよ。済まなかったな。あれは二冊で一つの物語になっていたようでもう一冊が手に入ったらお詫びにルチアにあげるよ」
「悪いから買うわ。あの話面白かったし続きがあるなら読みたいと思っていたのよ」
ルチアとダン爺が話をしていると入り口のドアが開いて、聞き覚えのある声がした。
「ダン爺お邪魔するよ」
ルチアとフィデスは目が合った。
「はは、やはり運命というべきだな」
フィデスはルチアに微笑みながら言った。
「今日はリベルはいません。リベルが居てこその運命では?」
ルチアは高鳴る胸を抑えながら冷静を装って言った。
フィデスは苦笑いして、ダン爺の方を向いて言った。
「ダン爺、カフェのオーナーに変わりはないか?」
「ああ、全く。よく繁盛しているし、最近では若い女性客だけではなく遠くから貴族も来ているらしい。何でもオーナーが作るスイーツが絶品だと噂になっているようでの。真面目に働いておるわ」
ダン爺はもう気にする必要はないと言わんばかりの口調だった。
「そうか…わたしの思い違いかな。ダン爺ありがとう、もう報告は必要ない。これは今日までの謝礼だ」
フィデスはそう言って貨幣の入った袋をダン爺に差し出した。
「そんなもんいらんよ。ここに居て入ってくる情報を教えていただけじゃ。もらったらバチが当たる」
ダン爺は目を細めて言った。
「……それならここにある本買わせてもらう。いいだろう?」
フィデスはダン爺の目の前に積み上げられた本を数冊取って言った。
「そりゃ商売だからダメとは言えんな」
ダン爺は笑いながら言った。
フィデスはルチアの方を向いて優しく微笑んだ。
「時間があるならわたしと一緒にカフェでお茶でも飲まないか?」
ルチアはこの顔とこの声に不意打ちかけられて思わず頷いてしまった。




