23.恩人?
ルチアは夕食を済ませると風呂に入ってから部屋に戻り、日が暮れるのを待った。
外が暗くなると前回のように窓の外でリベルを大きくして、ルチアは窓から抜けてリベルに乗って街に向かった。
リベルには家に帰ってから昼間のカフェでのペルデルとのやりとりを話していた。
カフェの近くで降りてリベルを元の大きさにしてからカフェの入り口に向かった。
カフェは閉店していたが、店の中は明かりがついていた。
ルチアはリベルに外で待つように言って、カフェのドアをそっと開けて中を覗いた。
テーブルの前にいたペルデルが振り返ってドアの方を見た。
「やあ、いらっしゃい。本当に来てくれるなんて嬉しいよ」
ペルデルが満面の笑顔で言った。
一つのテーブルにたくさんのスイーツが並べられていた。
「来てもらうついでに試作品を食べてもらって感想を聞きたいと思ってね」
ルチアは何か仕込んでないかしらと不安になった。
「それで、話とは?」
ルチアはドアの前で立ったままペルデルを睨みながら言った。
「まあ、こっちに来て座ってよ。大丈夫そんなに睨まなくても何もしないよ」
ペルデルはテーブルの椅子を引いてルチアに座るように促した。ルチアは渋々椅子に座った。
「飲み物は何がいい?」
ペルデルは嬉しそうに聞いてきたが、ルチアは首を横に振った。
「まずは話から」
「そう…」
ペルデルはがっかりした様子で椅子に座った。
「話というのは……記憶のことだね。って言ってもわたしが覚えているのは君と黒紫色の竜がカフェを出て行く後ろ姿を朧げに覚えているだけなんだけど」
「え、それだけ?」
ルチアはなんとなくホッとした。
「うん、それだけ。でもその後はっきり意識が戻ったとき、ずっと満たされなかった血への渇きがなくなっていたんだ。血をもらうために囲っていた女性たちも元気になっていたし。竜を連れた君が変えてくれたんだと思った」
ペルデルはルチアに優しく微笑んだ。この微笑みは危険だとルチアは思った。これは世の女性が放って置かなくて当たり前だと思うぐらい魅惑的だった。
ルチアは気を取り直して言った。
「後ろ姿なのにどうしてわたしだと思うの?別人だと思うわ」
ペルデルはさらに微笑んで言った。
「その君のブルーシルバーの長い髪が暗闇の中輝いていた。君以外見たことがないからねその髪は」
迂闊だった。風呂上がりは髪を束ねずそのまま寝るので垂らしたままだ。
ルチアは大きく息を吐いた。
「それで、わたしをどうしようと?」
「昼間に言った通りお礼をしたかっただけだよ。わたしは一体何者でどこから来たのか、そして君を見たあの晩の記憶はないのだけど、今まで自分が女性たちに何をしたのかは憶えている。女性たちが無事に帰ってくれて安堵している」
ペルデルはルチアから視線を逸らし、悔いているような顔をしていた。
「それにわたしは陽射しが苦手だったんだんだけど、あの夜以降平気になった。おかげでカフェの外にも席を設けることができたんだ」
ペルデルはルチアの両手を握ってルチアの顔を見た。
「ありがとう。こんなに満たされた気持ちになったのは初めてだ。君のおかげだよ」
ルチアはハッとして手を引っ込めた。
「わたしは何もしていないし、何も知りません」
「うん、君がそうしたいならそういうことにしておこう。わたしは誰にも言わないよ。じゃ話は終わり。さあ食べて」
食べないと返してくれそうにないのでルチアはスイーツを一つ選んで食べた。
「うん、美味しい。生クリームが甘ったるくないけど濃い味でスポンジも口に入ると溶ける感じ」
「ありがとう。お茶は何がいい?」
ペルデルは嬉しそうに目を細めて聞いた。
「ううん、お茶はいいわ。夕食を食べて来たからお腹がいっぱいなの」
「そう…妹さんがルチア姉と言っていたけど、わたしもルチアと呼んでもいいかな」
ペルデルはルチア髪を指でもて遊び、自分の口元に持っていった。
ルチアはドギマギした。
「え、ええ。それじゃわたしは帰るわ。黙って出て来ているから急いで帰らなきゃ」
ルチアは立ち上がって行った。
「乗合馬車はもうないだろう。どうやって帰るんです?」
「大丈夫。じゃあ」
ルチアは急いで入り口に向かった。
「必ずまた来てね。ルチアはわたしの恩人だからいつでも奢るよ」
ペルデルは名残惜しそうな顔で言った。
ルチアは頷いてからドアを開けて外に出た。
「リベルいる?」
ルチアは小声でリベルを呼んだ。
《ここだよ》
リベルが物陰から出て来た。ルチアはカフェから見えないところまで行き、リベルを大きくして背に乗り家に向かった。
《大丈夫だった?》
リベルは飛びながら聞いた。
ルチアはカフェでのペルデルとのやりとりを全て話した。
《ふーん、じゃあルチアの記憶抹消はちゃんと効いていたんだね。でも気をつけないといけないね。ペルデルの口から漏れないとも限らない》
「そうね。聖女だということは覚えてないみたいだし、どうやって救ったのかもわかってないようだったから、人に話すにしても話しようがないと思うわ。でももしものときはわたしの全ての記憶を抹消する。記憶の操作はあまりやりたくないけどね」
ルチアはこれでまた元のスローライフを楽しめると思った。




