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22.本屋で再会

 ルチアがダン爺の本屋に入ると見覚えのある後ろ姿が見えた。


「公爵様……」


 ルチアの声が聞こえたのかフィデスが振り返った。


「やあ、ルチア。何日ぶりかな?リベルは無事に家にだどりついたかな」


 ルチアはフィデスの低く柔らかい透明感のある声にドキドキした。


「はい、その節はありがとうございました。公爵様は今日は?」


 フィデスはダン爺と顔を見合わせた。


「ルチア、行方不明になっていた女性が全員帰って来たことは知っているか?」


 ダン爺がルチアに聞いた。全員無事に帰れていたんだとルチアはホッとした。ここ数日は農場から出ていないので知らないふりをしようと考えた。


「いいえ、帰って来たんですか?良かった」


 ルチアが言うとフィデスが頷きながら言った。


「それがわたしとリベルが閉店後のカフェを張った翌々日のことだ。しかもわたしの領民も川で発見されたもの以外全員帰って来たんだ」


 カフェの地下にはフィデスの領民も監禁されていたのかとルチアは思った。


「それは良かったです」


「一人ひとり話を聴いたのだが、全員監禁などされていない、自分からカフェのオーナーの側にいたかっただけだと同じことを言っている」


 催淫作用でみんな血を吸われていたことに気づいていないのだとルチアは思った。ペルデルは悪意が消滅した今でもあの女性を虜にしそうな魅惑的な感じは変わっていなかった。


「川で亡くなった女性のことも他の女性から供述が取れた。しばらく一緒にいたがフラフラと出て行ったらしい。つまり事故だ」


 確かにペルデルからはそう聞いている。しかし、ペルデルが血を吸っていなければ川に落ちることもなかっただろう。ルチアは心の中でその女性の冥福を祈った。


「そういうことで事件はあっけなく解決だ」


 そう言いながらもフィデスは不満げだった。


「…まだ何か気になることでもあるのですか…?」


 ルチアはフィデスに向かって遠慮気味に聞いた。


「君は聡いな。川から上がった女性の遺体はかなり痩せ細っていた。両親の話では行方不明になる前はもっと肉付きが良かったらしい。今回見つかった女性たちも痩せ細るとまではいかないが、見た目はみんな痩せていた」


 ルチアは女性たちに治癒能力を施したが、痩せた身体までは元に戻していなかった。フィデスはよく観察しているなと思った。


「わたしはまだカフェのオーナーを清廉潔白だとは思っていない」


 清廉潔白ではないどころか今回の真の首謀者ですからとルチアは思ったが、魔族が地上界に来ているだなんて、そんな世間を混乱させるようなことは言えないのでこれ以上は足を突っ込まないでと願った。


「しばらくはこちらに滞在してオーナーを見張ろうと思っている。そのためにダン爺に協力をお願いしに来たところだ」


「公爵様はお忙しいのではありませんか?それは警護隊のお役目では?」


 ルチアは勘の鋭いフィデスをなんとかしてカフェから遠ざけたかった。


「事件性がないと判断された案件に警護隊は動いてくれない」


「でも公爵様自ら見張りをするなんて……それなら近くにいるダン爺に全面的にお願いをすれば良いのでは?公爵様もいつまでも王都を離れるわけにはいかないでしょう?」


 ルチアが何か必死になっているのをダン爺は気づいたらしくダン爺もルチアの意見に同意した。


「わしなら何かあればすぐ耳に入ってくるし、公爵がこんな街ウロウロしていたら返って目立ってしまい本性を出さないかもしれませんぞ」


「…そうか、そうかもしれないな。ではダン爺頼んだ。何かあったら王都のわたしの屋敷に伝書鳩を飛ばしてくれ」


 ダン爺は笑って頷いた。


「こんにちは!ルチア姉いる?」


 入り口のドアが開いてニナが入って来た。ニナはフィデスがいることに気づいて急いでドアを閉めた。


「公爵様、こんにちは。この間はごちそうさまでした」


 ニナはフィデスに挨拶するとルチアの横にススッと寄って来て言った。


「公爵様と会う約束があるならそう言ってくれれば良かったのに」


 ニナの顔はニヤニヤしていた。


「ち、違うわよ!ここに来たらたまたまいらっしゃっただけよ」


 ルチアは慌てて訂正した。


「スカイ兄が外で待機してるわ。ここでルチア姉が公爵様と会っているとわかったらまた目くじら立てるわよ」


 ニナはルチアの耳元でこっそり言った。


「じゃあ、兄が外で待っているのでわたしは失礼します。公爵様お元気で。ダン爺、また来ます」


 そう言ってルチアが入り口に向かおうとしたとき、フィデスがルチアの腕を掴んだ。


「え…?」


 ルチアは振り返ってフィデスを見た。フィデスは哀愁漂う瞳に寂しそうな顔つきでルチアを見ていた。


「あ、すまない」


 フィデスは掴んだルチアの腕を離した。ルチアは胸が張り裂けそうなぐらい高鳴った。


「まるでこれで最後のような言い方だったから、つい……わたしはまだル…リベルを諦めてはいない。君の返事ももらっていない。近々また会いに行くよ」


 フィデスは視線を逸らし、手で口元を覆いながら言った。

 ルチアは王都行きの件はもう白紙になったとばかり思っていた。フィデスが欲しているのはリベルであって自分ではないのだから勘違いしてはいけないと心の中で言い聞かせた。


「ではここで返事をさせてもらいます。わたしはここが好きなんです。ここでのんびりと生活したいんです。ですのでお断りします」


 フィデスの顔が一瞬曇ったが何か思いついたように明るい声で言った。


「それならわたしの領地に来ればいい。こことあまり変わりないはずだ。それにリベルが成体になればどのみち王都ではいられなくなる。そうだ、そうしないか?」


 ルチアは頭を横に振って、フィデスに頭を下げて足早に入り口まで歩いた。


「ルチア、わたしはまだ諦めないから」


 フィデスはルチアの後ろ姿に優しい声で言った。

 ニナは二人の様子を見て訳知り顔でにやけていた。


 ニナはルチアの手を引いて乗合馬車の席をスカイから離れて座った。


「どうして公爵様の申し出を断ったの?」


 ニナはスカイに聞こえないように言った。


「言った通りよ。わたしはここの生活で満足してるの」


「公爵様、ものすごくがっかりしていたわよ。よっぽどルチア姉が気に入ったのね」


「何言ってるの。そんなわけないでしょ。公爵様はリベルが欲しいだけよ」


 ルチアは極めて冷静に答えた。

 ニナはニヤニヤしながら言った。


「そうかな?だって前回一緒にカフェでお茶飲んだときの公爵様のルチア姉を見る目が……あの目は間違いなく…」


「ニナ、相手は公爵様よ。間違ってもそんなこと口にしてはいけないわ。不敬罪で捕まるわよ」


 ルチアはまっすぐ前を見て冷たく言い放った。


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