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16.カフェの瘴気

 しばらくするとペルデルが姿を見せた。


「公爵様、あの人です」


 ルチアはフィデスに小声で言った。

 ペルデルはどうやらルチアたちの注文の品を持っているらしく、ルチアたちのテーブル席に迷うことなく向かって来た。


「ニナが言ってた人?すごい素敵!もう一度来たがるのわかる」


 マリーが割と大きな声でニナに言った。

 ニナはすこ恥ずかしそうに俯いた。

 ペルデルはにっこり笑って注文の品をテーブルに置きながら言った。


「ご注文の品です。アップルティー二つとカモミールティー、ダージリン、それと本日のおすすめケーキ二つです。本日のおすすめケーキはホワイトチョコムースを真っ赤なゼラチンで覆いラズベリーとグランベリーを乗せました。ご注文は以上でよろしかったですか?」


「はい!」


 マリーが元気よく答えた。

 ペルデルがお辞儀をして去ろうとしてルチアの席の横に来たとき、


「また来てくれて嬉しいよ」


 と呟いた。ルチアはゾッとした。

 フィデスはその様子を黙ってじっと見ていた。


「ちょっと、何であそこのテーブルだけあのウエイターが運んだの?」


「いやーん、こっちにも来てほしいのに。ずっと待ってるのに何よ」


「ずるくない?何あのあそこの四人。男はいいとして腹立つわね」


 周りのテーブル席の人たちから憎悪の言葉が向けられた。

 ルチアは客の言葉に嫌だなと感じたが、もっと別の何かを感じていた。何だろうとルチアは目を凝らしてカフェ全体を見回した。

 カフェ全体が煤けているように見えて、ルチアは目がおかしいのかと窓から外を見たが、外の景色はハッキリと見える。

 ルチアはもう一度カフェ全体を見回した。やっぱり煤けている。


「どうかしたのか、ルチア?」


 フィデスがルチアの様子が変だと思い聞いてきた。


「……カフェ全体が煤けて見えるんです。外はそんなことないのに」


 フィデスがルチアの言葉を受けてカフェを見回した。


「煤けてまでは見えないが、何だかどんよりしている気はする」


 ルチアはこの感じどこかで感じたことがあると思った。どこだったか必死で考えた。おそらく前世の記憶だ。

 ルチアは思い出した。

 瘴気だ!間違いない、瘴気がカフェ全体に漂っている。だからみんなイライラしたり、揉め事が起こるのだとルチアは思った。

 オーナーであるペルデルが瘴気を発しているに違いない。事件に必ず関与しているはずだ。

 しかし誰にこんなこと話せばいいのだろうかとルチアは思った。前世の記憶だなんて誰が信じてくれるだろうか。

 ルチアが真っ青な顔で俯いて考えているとフィデスが心配そうに声をかけた。


「ルチア、大丈夫か?外に出ようか?」


 ルチアは本屋に戻ってリベルに話そうと思ったので、フィデスの提案に頷いた。


「ルチアの気分がすぐれないようだから先に出るよ」


 フィデスはそう言って銀貨をテーブルに置いてルチアを連れてカフェを出た。

 ルチアはカフェを出ると本屋に戻りたいことをフィデスに伝えて、二人はダン爺の本屋に戻った。


《おかえり、ルチア》


 入り口の扉を開けるとすぐにリベルが飛んできた。


「大変なの。カフェ全体に瘴気が漂っているの」


 ルチアは小声でリベルに言った。


《何だって、瘴気が⁈ 魔王が再び地上界に?》


「それはわからない。でも瘴気で間違いないわ。どうする?」


《ニナはカフェにいたの?》


 ルチアは頷いた。

 その様子を見ていたフィデスが不思議そうに聞いてきた。


「ルチアはリベルと会話ができるのか?」


 ルチアはハッとした。ダン爺は離れているからわからないだろうと思っていたが、すぐ後ろにフィデスがいることを忘れていた。

 ルチアは困惑した表情でフィデスを見た。

 フィデスは何かを察したらしく微笑みながらルチアの耳元で囁いた。


「大丈夫、誰にも言わない。ルチアとわたしの秘密だ」


 ルチアの鼓動が速くなった。この男天然なのか、はたまた策略者か、どちらにしろ距離を考えて接しなければ堕ちてしまうとルチアは思った。


「で?“しょうき”とは何?」


 フィデスがまたルチアの耳元で話しかけた。ルチアは顔を赤くして耳を押さえながら小走りで店の奥に入った。


「公爵様、こちらで座って話しましょう」


 ルチアは奥のテーブルの椅子を差して言った。

 フィデスが椅子に座るとルチアは真向かいの椅子に座った。

 ダン爺もカウンターの中から出てきてルチアの横の椅子に座った。


「カフェの様子はどうだった?」


 ダン爺が聞いてきたが、ルチアは瘴気の事をどう話そうか悩んでいた。


「さっきの話だけど、“しょうき”って何?」


 フィデスがダン爺を気にしながら、ルチアに聞いた。


「瘴気とな⁈」


 ダン爺が叫んだ。


「ダン爺、瘴気を知っているの?」


 ルチアが切望のこもった声で聞いた。


「うむ、わしは見たことはないが本で読んだことがある。冥界に住んでいる魔物が瘴気を纏っているとな」


 その本はダン爺が若い頃、研究に必要な知識を得るために読んだらしい。五百年前の冥界の魔王が魔物に地上界を襲わせたときの歴史本だ。聖女が瘴気を浄化して地上界が救われたことが書かれていた。

 ダン爺はその本に書かれていた瘴気のことについて話してくれた。


「なるほど……その瘴気がルチアには見えたと。ルチアは瘴気を知っていたのか?」


 フィデスが不思議そうに聞いた。


「あ、うん、わたしも本で読んで……瘴気かなって…どうしてわたしにだけ見えるかはわたしにもわからないけど!」


 ルチアは慌てて言い訳をした。そこにダン爺がつけ足すように言った。


「ルチアはわしに劣らず本をかなり読んでおるからの」


 ルチアはダン爺に心の中で感謝の言葉を並べ立てた。


「つまり、カフェに瘴気が満ちていたということは魔物が店内にいたということか⁈」


 そういことになるなぁとルチアは考えていた。しかしどう見ても魔物はいなかった。いたらとっくにカフェの客は餌食になって死んでいる。魔物は知能がないから見境なく襲っているだろう。

 ルチアはこのことをどう話そうか悩んでいるとダン爺がまたもや話してくれた。


「魔物がいたらとっくにこの辺りは襲われて大変なことになっておるわ。カフェの瘴気は魔物ではないな」


 魔物でないとしたらどこからだろうとルチアが考えているとリベルが言った。


《魔王か、もしくはその眷属じゃないかな》


 ルチアはリベルの言葉を聞いて身震いした。


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