第87話 改良の日々
実店舗テストから得た課題をもとに、五人は再び改良作業に取り組んでいた。
「よし、センサーの配置、こう変えてみたらどうだ?」
ニコラスが新しい設計図を広げながら提案する。棚の奥まで感知できるよう、複数のセンサーを組み合わせる方式に変更したものだった。
「これなら、死角がなくなりそうですね」
ソフィアが図面を確認しながら頷いた。
「あとは、誤作動の問題だな。シールに軽く触れただけで反応しないように、感知の閾値を調整しないと」
「魔力の反応強度を、もう少し高めに設定すればいいかもしれません」
ソフィアが早速、魔法陣の調整に取り掛かる。
「シャルロット、外装の耐久性の方は、どんな感じだ?」
ニコラスの問いに、シャルロットが試作品を取り出した。
「これ、素材を少し変えてみたの。前のものより、傷や汚れに強い加工を施してみたわ」
「おお、質感も良さそうだな」
「でしょう!? お店で長く使ってもらうものだから、見た目だけじゃなくて、実用性もしっかり考えないとね」
シャルロットの言葉に、皆が感心したように頷いた。
「フェリックス、コスト面はどうなってる?」
「ああ、それなんだが」
フェリックスが計算資料を広げた。丁寧にまとめられた数字の羅列には、彼なりの真剣さが表れていた。
「複数センサー方式にすると、多少コストは上がるが、それでも十分採算は取れる範囲だ。むしろ、精度が上がることで、顧客満足度も上がるだろうから、長期的にはプラスだと思う」
「よし、それなら、この方向で進めよう」
作業は着実に進み、いくつもの改良を重ねるうちに、試作機の完成度は、目に見えて向上していった。誰か一人が欠けても成り立たない、確かなチームワークの成果だった。
「エミリー、今日の改良点、お母様に報告しておいてもらえるか?」
「はい、きっと喜んでくれると思います」
エミリーが嬉しそうに頷いた。手元のノートには、今日の議論の内容が、丁寧な字で書き留められていた。
作業の合間、ふとフェリックスが思い出したように言った。夕日の差し込む教室に、彼の陽気な声が響いた。
「そういえば、ガレスとの剣術の練習、順調なのか?」
「は、はい、少しずつですが、基本の型を教えていただいてます」
「へえ、楽しそうだな」
「はい……。あの、皆さんにも、いつか見ていただけたら嬉しいです」
エミリーの言葉に、皆が笑顔で頷いた。その笑顔には、彼女への確かな信頼が滲んでいた。
「もちろん、応援に行くよ」
「ありがとうございます」
そんな和やかな会話を交わしながらも、作業の手は止まらなかった。日が暮れる頃には、大幅に改良された試作機が完成していた。
「よし、これなら、また実店舗でテストする価値がありそうだ」
「はい、次回のテスト、楽しみですね」
ソフィアの言葉に、皆が頷いた。
教室を出て、帰り道を歩きながら、ニコラスはシャルロットにそっと声をかけた。夕暮れの空が、二人の影を長く伸ばしていた。
「今日も、いい仕事したな」
「当然でしょ。私のデザイン力、舐めないでよね」
得意げに笑うシャルロットの横顔を見て、ニコラスは自然と頬が緩んだ。
「シャルロットと一緒に作業するの、楽しいな」
「な、なによ、急に」
「うん、素直な感想だよ」
「そ、そう……。まあ、私も、悪くないと思ってるわよ」
照れくさそうに視線を逸らすシャルロットを見て、ニコラスは小さく笑った。夕暮れの空の下、二人の距離は、また少しずつ、確かに縮まっていくのだった。
寮の分かれ道で別れる直前、シャルロットがふと足を止めた。
「ねえ、ニコラス」
「なに?」
「ストックアイズが完成したら、次は何を作るつもりなの?」
「まだ具体的には考えてないけど……。でも、皆で色々話し合いながら、また新しい発想を形にしていきたいと思ってる」
「そう。私も、次は何か、新しい提案してみようかしら」
「楽しみにしてる」
「当然でしょ、期待してなさいよね」
自信たっぷりに胸を張るシャルロットの姿は、以前よりもずっと、素直な柔らかさを帯びているように見えた。
そう言って、シャルロットは笑顔で手を振り、自分の寮へと歩いていった。その後ろ姿を見送りながら、ニコラスは静かな充実感を噛み締めていた。
自室に戻り、今日の作業の記録をまとめていると、ふと窓の外に、澄んだ夜空が広がっているのに気づいた。
「異世界に来て、もう二年以上か……」
村人として静かに暮らすはずだった人生が、思いもよらない方向へと転がり、今では多くの仲間たちと共に、様々な発明に挑戦する日々を送っている。あの頃には想像もできなかった、賑やかで充実した毎日だった。
「前世じゃ、絶対に経験できなかったことばかりだな」
小さく呟きながら、ニコラスは窓辺に立ち、しばらくの間、星空を眺め続けた。明日もまた、新しい挑戦が待っている。その事実に、胸の奥から、静かな高揚感が湧き上がってくるのを感じていた。窓の外の夜風は、少しずつ冬の気配を帯び始めていた。
第88話へ続く




