第84話 シャルロットの想い
ストックアイズの改良作業も順調に進み、試作機の完成度も日に日に高まっていた。そんなある日の放課後、シャルロットが珍しく一人で、噴水のそばに座り込んでいた。
「シャルロット、こんなところで何してるんだ?」
たまたま通りかかったニコラスが声をかけると、彼女は少し驚いた様子で振り返った。
「別に、何も。ただ、少し考え事をしてただけよ」
「考え事? 珍しいな」
「失礼ね、私だって考え事くらいするわよ」
そう言いつつも、シャルロットの表情には、いつもの快活さがどこか陰りを見せていた。
「なあ、何か悩みでもあるのか?」
心配そうなニコラスの問いに、シャルロットはしばらく黙り込んだ後、意を決したように口を開いた。
「……ニコラス、単刀直入に聞くけど」
「なに?」
「あなた、ソフィアのこと、どう思ってるの?」
不意の質問に、ニコラスは戸惑いを隠せなかった。
「え、どうって……。大事な仲間だと思ってるけど」
「それだけ?」
「それだけって、他に何が……」
言葉に詰まるニコラスを見て、シャルロットは小さくため息をついた。
「あのね、最近、あなたとソフィアが二人で作業してる時、すごく息が合ってるように見えるのよ。私には、絶対にあんな風にできないと思う」
「そんなことないだろ。シャルロットだって、俺と一緒に色々やってきたじゃないか」
「でも、それとこれとは違うのよ」
シャルロットの声が、少し震えていた。
「私、ずっと考えてたの。あなたのこと、ただの友達として見てるつもりだったんだけど……最近、それだけじゃないのかもしれないって、思うようになって」
その言葉に、ニコラスは息を呑んだ。
「シャルロット……」
「あ、あの、変な意味じゃないから! ただ、その、一緒にいると楽しいし、あなたが他の誰かと仲良くしてるのを見ると、なんだかモヤモヤするというか……」
顔を真っ赤にしながら、しどろもどろに話すシャルロットを見て、ニコラスは、これまでフェリックスやガレスから言われてきたことの意味が、ようやく腑に落ちた気がした。
「シャルロット、あの……」
「な、なによ」
「その、俺も、シャルロットのこと、大切に思ってる。ただの友達っていう以上に」
思いがけない言葉に、シャルロットは目を丸くした。
「本当に?」
「ああ。正直、自分の気持ちに、ちゃんと気づいてなかったのかもしれない。でも、こうして話してて、はっきりわかった」
「……そう」
シャルロットは、しばらく黙り込んだ後、小さく微笑んだ。
「じゃあ、これから、少しずつ、ちゃんと考えていきましょうか。お互いの気持ちのこと」
「ああ、そうだな」
夕暮れの噴水のそばで、二人はしばらくの間、穏やかな沈黙を共有していた。まだ何かが劇的に変わったわけではない。それでも、確かに、大切な一歩を踏み出した瞬間だった。
「あ、あの、今日話したこと、皆にはまだ内緒にしてね!」
「わかった、わかった」
「絶対よ! フェリックスとかに知られたら、絶対からかわれるんだから!」
「はいはい」
「その返事、心こもってないでしょ!」
いつも通りの賑やかなやり取りに戻りながらも、二人の間には、確かに新しい何かが芽生え始めていた。
その日の夜、寮の自室に戻ったニコラスは、ベッドに横たわりながら、夕方の出来事を何度も思い返していた。
「シャルロット、か……」
これまで、騒がしくて負けず嫌いで、時に理不尽な絡み方をしてくる相手だと思っていた。だが、こうして向き合ってみると、彼女の不器用な優しさや、裏表のない素直さに、いつの間にか惹かれていたのかもしれない。
「異世界に来て、まさかこんな展開が待ってるとはな」
前世では、こういった感情の機微に疎く、恋愛とは無縁の日々を送っていた。まさか転生先で、こんな風に誰かを想う気持ちを知ることになるとは、思ってもみなかった。
一方、シャルロットも、自室でベッドに突っ伏しながら、一人悶えていた。
「な、なんであんなこと言っちゃったのよ……!」
枕に顔を埋めながら、羞恥心と、それでも消えない喜びとが、複雑に入り混じっていた。
「でも……ちゃんと、気持ち伝えられたし。よし」
小さく呟いて、シャルロットは深呼吸をした。窓の外には、静かな夜空が広がっていた。
翌朝、いつも通り食堂に集まった五人だったが、ニコラスとシャルロットの間には、どこかぎこちない空気が漂っていた。
「あれ、二人とも、なんか今日、変じゃないか?」
フェリックスが不思議そうに首を傾げる。
「べ、別に、何もないわよ!」
「な、何もないぞ!」
慌てて否定する二人の様子に、ソフィアとエミリーが顔を見合わせ、くすりと笑った。
「フェリックス様、そっとしておいてあげましょう」
「え、なんでだよ」
事情を知らないフェリックスだけが、一人首を傾げていた。窓の外に差し込む朝日が、ぎこちなくも温かい二人の関係を、静かに照らしていた。学園生活は、こうしてまた一つ、新しい変化を迎えようとしていた。
第85話へ続く




