第78話 決行の日
決行の日、朝から雑貨店の周辺には、いつもとは違う緊張した空気が漂っていた。
「よし、配置につくぞ」
フェリックスの合図で、それぞれが持ち場についた。ニコラスとフェリックスは、店の斜め向かいにある茶屋で、さりげなく様子を窺える席を確保した。シャルロットとソフィアは、記録用の魔道具の準備を整え、店の奥の在庫室に控えている。エミリーは、いつも通り店番をしながら、母親のそばで見守ることになっていた。
「大丈夫よ、いつも通りにしていれば」
エミリーの母親が、緊張した娘の肩をそっと叩いた。
「はい、お母さん」
昼過ぎ、予定通りの時刻に、クレイン商会の担当者が店を訪れた。仕立ての良い服を着た、若い男だった。
「こんにちは、いつもお世話になっております」
如才ない笑みを浮かべながら、男は店の中に入ってきた。エミリーの母親も、努めて平静を装いながら応対する。
「いらっしゃいませ。本日は、どういったご用件で?」
「実は、来月からの取引条件について、改めてご相談したく参りました」
男はそう言いながら、書類を取り出した。
「今回、さらに五パーセントの値下げをお願いしたいのですが」
「五パーセントですか……。それは、少々厳しいかと」
「そうおっしゃらずに。実は、他にも複数の店舗様と、同様の条件で調整させていただいておりまして。もし、こちらの条件を受け入れていただけないようでしたら……」
男の口調に、わずかな圧力が滲んだ。
「他の卸業者への切り替えも、検討せざるを得ないかもしれません」
その瞬間、在庫室で記録を続けていたシャルロットが、小さく息を呑んだ。
「これ、完全に脅しじゃない……」
「静かに。ちゃんと記録できてるか確認しよう」
ソフィアが慎重に魔道具の状態を確認する。赤いランプが安定して点灯しており、会話が正確に記録されていることを示していた。
店内では、なおも交渉が続いていた。
「大変申し上げにくいのですが、この店の規模では、貴社との取引を維持するのが、正直厳しくなってきております」
エミリーの母親が、毅然とした態度で切り返した。
「これ以上の値下げは、こちらの経営にも大きな影響が出ます。ご容赦いただけないでしょうか」
「うーん、そう言われましても……」
男は困ったような表情を浮かべながらも、なおも食い下がる素振りを見せた。
「では、こうしましょう。もし今回の条件を飲んでいただけないようでしたら、今後の発注量を大幅に減らさせていただくことになるかもしれません」
明らかな圧力に、店内の空気が張り詰めた。
その時、店の外で待機していたニコラスとフェリックスが、それとなく店内の様子を確認していた。
「これ、十分証拠になりそうだな」
「ああ、あとは、母親がどう対応するか、見守るしかない」
店内では、エミリーの母親が、震える声を必死に抑えながら答えていた。
「少し、考えさせていただけますか」
「あまり、お時間はいただけませんよ。来週までに、お返事をいただければと」
そう言い残し、男は店を後にした。
男の姿が完全に見えなくなったのを確認してから、在庫室からシャルロットとソフィアが飛び出してきた。
「お母さん、大丈夫でしたか!」
「ええ、なんとか……。緊張したわ」
震える手を押さえながらも、母親は安堵の表情を浮かべていた。
「記録、しっかり取れてます。これで、十分な証拠になるはずです」
ソフィアの報告に、皆がほっと胸を撫で下ろした。
「よし、これをすぐにバルトロさんのところに持っていこう」
ニコラスの言葉に、一同は力強く頷いた。長かった調査が、ようやく実を結ぼうとしていた。
その足で商業ギルドに向かい、記録された魔道具をバルトロさんに提出すると、彼は真剣な表情で内容を確認した。
「これは……! はっきりと、不当な圧力をかけている様子が記録されておりますな」
「これで、正式な処分に持ち込めますか?」
「ええ、十分な証拠です。早速、商業ギルド本部に報告し、正式な調査を開始いたします」
バルトロさんの言葉に、皆が安堵の表情を浮かべた。
「エミリー様のお母様には、大変な思いをさせてしまい、申し訳ございませんでした」
「いえ、皆さんのおかげで、証拠を集めることができました。本当にありがとうございます」
エミリーが深く頭を下げる。
「今回は、前回の教訓を活かし、早い段階で対処できました。これも、皆様の勇気ある行動のおかげです」
バルトロさんの言葉に、フェリックスが少し照れくさそうに頭をかいた。
「まあ、俺たちにできることをやっただけだ。でも、これで一安心だな」
「はい。母のお店も、これで守られると思うと、本当に嬉しいです」
エミリーの表情には、安堵と喜びが入り混じっていた。
「今後の処分については、追ってご報告いたします。しばらくは、通常の生活に戻っていただいて大丈夫です」
「わかりました。よろしくお願いします」
ギルドを後にした五人は、夕暮れの道を歩きながら、それぞれ安堵の息を吐いた。
「にしても、今回は本当に緊張したわね」
シャルロットが胸をなでおろしながら言う。
「ああ、でも、無事に証拠を掴めて良かった」
「エミリーのお母さん、本当に勇気ある対応でしたね」
ソフィアの言葉に、エミリーは誇らしげに頷いた。
「母は、昔から芯の強い人なんです。私も、そんな母のようになりたいと思っています」
「エミリーも、十分に強くなってると思うぞ」
ニコラスの言葉に、エミリーは嬉しそうに微笑んだ。
第79話へ続く




