第74話 発売準備、大詰め
発売まで残り二週間。五人の日々は、これまで以上に慌ただしくなっていた。
「よし、生産ラインの最終確認、完了だ」
工房を訪れたニコラスが、ずらりと並ぶマナレス・ランプの完成品を眺めながら満足げに頷いた。職人たちの手によって、丁寧に仕上げられた製品が、次々と箱詰めされていく。
「見て、この並んでる様子、壮観ですね」
ソフィアが感嘆の声を上げる。かつては机の上の試作品だったものが、今や量産ラインで作られる立派な商品になっていた。
「感慨深いな。あの実習で作ったティーポットが、こんな大きな話に繋がるなんて」
「本当に。皆さんのおかげです」
工房から学園に戻ると、シャルロットが宣伝用のポスターを完成させて待っていた。
「見て、これ、完成したわよ!」
差し出されたポスターには、マナレス・ランプの美しいデザインと、キャッチーな謳い文句が描かれていた。『魔力いらずの、新しい光』という文言が、シンプルながら印象的だった。
「すごいな、これ。プロの仕事みたいだ」
「当然でしょ! 私のセンス、舐めないでよね」
得意げなシャルロットの隣で、エミリーが接客用の資料を確認していた。
「販売員向けの説明資料、こちらで大丈夫でしょうか」
丁寧にまとめられた資料には、商品の特長や、想定される質問への回答例まで、細かく記されていた。
「エミリー、これ本当によくできてるな。接客の経験、しっかり活きてるな」
「ありがとうございます! 母のお店で学んだことを、精一杯活かせたと思います」
作業の合間、フェリックスが商業ギルドから戻ってきた。
「おい、聞いてくれ! 王都の主要新聞にも、発売の告知が掲載されることになったぞ!」
「本当か!?」
「ああ、バルトロさんが色々と手を回してくれたらしい。これで、発売日には相当な注目が集まりそうだ」
朗報に、教室の空気が一気に明るくなった。
「よし、この調子で最後まで頑張ろう!」
「おー!」
そんな充実した日々を過ごす中、ニコラスはふと、ある違和感に気づいた。
「なあ、最近、エミリーの様子、少し変じゃないか?」
放課後、シャルロットにこっそり相談すると、彼女も心当たりがあるように頷いた。
「そういえば、最近、何か考え込んでるような感じよね」
「本人に聞いてみるか」
その日の作業を終えた後、ニコラスは思い切ってエミリーに声をかけた。
「エミリー、何か悩みでもあるのか? 最近、少し元気がないように見えて」
「あ……」
図星だったのか、エミリーは一瞬言葉に詰まった。
「実は……母のお店に、最近、見慣れない人が出入りするようになって。少し気になっているんです」
「見慣れない人?」
「はい。それも、以前グラント商会にいたような雰囲気の人で……。まだ確証はないんですが」
その言葉に、ニコラスは思わず身構えた。
「バルトロさんが言ってた、新しい商会の件、もしかして関係してるのかもしれないな」
「わたしも、そう思って……。でも、お店の営業に関わることなので、母に心配をかけたくなくて、一人で悩んでいました」
「話してくれてありがとう。一人で抱え込まなくていいんだぞ。俺たちも一緒に考える」
「ニコラス様……」
エミリーの目に、安堵の色が浮かんだ。
「発売準備で忙しい時期だけど、この件も、気にかけておこう」
「はい、よろしくお願いします」
そこへ、フェリックスとシャルロットも合流してきた。
「二人で何話してたんだ?」
「実は……」
ニコラスが事情を説明すると、フェリックスの表情がすぐに険しくなった。
「グラント商会絡みの新しい商会、か。やっぱり、そう簡単には終わってくれないもんだな」
「エミリー、心配しなくていいからな。何かあったら、すぐに俺たちに知らせてくれ」
「はい、ありがとうございます」
「バルトロさんにも、念のため報告しておいた方がいいわね」
シャルロットの提案に、ニコラスは頷いた。
「そうだな。明日、一緒に行こう」
翌日、五人でバルトロさんのもとを訪れ、エミリーから聞いた話を伝えると、バルトロさんは真剣な表情でメモを取った。
「なるほど、そういった動きが……。実は、こちらでも似たような情報を掴んでおりました。新興商会の名は『クレイン商会』。設立したのは、グラント商会の元幹部数名です」
「クレイン商会……」
「今のところ、目立った不正行為は確認されておりませんが、念のため、警戒を強めておくべきでしょう」
「わかりました。エミリーのお母様のお店の件も、引き続き様子を見ていきます」
「よろしくお願いします。ただ、皆様には、まずマナレス・ランプの発売に集中していただきたい。この件は、こちらでも注意深く見張っておきますので」
バルトロさんの言葉に、一同は安心したように頷いた。
「わかりました。発売、絶対成功させます」
「はい、期待しております」
穏やかな発売準備の裏で、また新たな不安の種が、静かに芽生え始めていた。それでも、今は目の前の目標に向かって、全力を尽くすしかなかった。
第75話へ続く




