第7話「模擬試合」
模擬試合当日、演習場には全学年の生徒たちが詰めかけていた。入学したばかりの一年生の代表が出場するという話題性もあり、観客席には普段より多くの人だかりができている。
「緊張してる?」
隣に座るフェリックスが、そう尋ねてきた。
「うーん、あんまり」
ニコラスは正直にそう答えた。むしろ、久しぶりに人前で全力を出せることに、どこか高揚感すら覚えている自分がいた。前世で味わった、緊張とプレッシャーに押し潰されそうな会議やプレゼンとは、まるで質の違う感覚だった。
「相変わらず、肝が据わってるよな、お前」
ルーカスが呆れたように笑う。剣術部門の代表として控えるB組の彼も、今日ばかりは観客席で応援に回ることになっていた。
「まずは剣術部門から始めます! 代表は、A組エドワード選手と、B組グレン選手!」
司会役の上級生の声が、演習場に響き渡る。エドワードの相手を務めるのは、B組の中でも屈指の実力者と噂されるグレンという生徒だった。がっしりとした体格で、力任せの剣術を得意とするタイプらしい。
「エドワード様、頑張って!」
観客席の一角から、黄色い声援が飛ぶ。伯爵家の嫡男というだけあって、彼を応援する生徒も少なくないようだった。
試合が始まると、エドワードは冷静な立ち回りで、確実にグレンを追い詰めていった。力任せに打ち込んでくるグレンの一撃一撃を、最小限の動きでいなし、着実にダメージを蓄積させていく。幼い頃から培ってきたという剣術の腕は、噂に違わぬものだった。数分の攻防の末、エドワードの鋭い一撃がグレンの防御をこじ開け、勝敗は決した。
「さすがだな、エドワードの奴」
観客席から、そんな声が上がる。エドワードは涼しい顔で剣を鞘に収めながら、こちらの方――ニコラスのいる方向を、一瞬だけちらりと見た。その視線には、明らかな挑発の色があった。
「次は、いよいよ魔法部門です! 代表は、A組ニコラス選手と、B組サイラス選手!」
呼ばれて、ニコラスは演習場の中央へと歩み出た。対戦相手のサイラスは、体格の良い、いかにも自信に満ちた表情の少年だった。
「せいぜい、いい試合をしよう。噂は聞いてるよ、規格外くん」
サイラスがそう言って、不敵に笑う。ニコラスは軽く肩をすくめただけで、特に言葉を返さなかった。
「では――始め!」
合図と同時に、サイラスが先手を取り、大きな火球を放ってきた。先日の授業で見た他の生徒たちのものより、明らかに勢いのある一撃だった。
(なるほど、しっかり鍛えてるみたいだ)
ニコラスは冷静にその軌道を見極めると、小さな水の壁を展開し、火球を難なく防いだ。演習で使った魔法とは異なる、水属性の魔法だった。
「水も使えるのか……!」
サイラスが驚きの声を上げる。周囲の観客席からも、どよめきが広がった。この段階で、既に複数の属性魔法を扱えることを示したのは、ニコラス以外には誰もいなかったからだ。
「なら、これはどうだ!」
サイラスは立て続けに、風属性の刃を放ってきた。ニコラスはそれを、身体強化の魔法で素早く回避しながら間合いを詰める。剣術で培った足運びの感覚が、魔法戦闘でも自然と生きていた。
「くっ……!」
距離を詰められたことで動揺したサイラスの隙を突き、ニコラスは小さな光の魔法で相手の視界を一瞬だけ眩ませ、そのまま威力を抑えた光弾を放った。狙いは正確に、しかし決して過剰な威力にはならないよう調整されている。
パン、という軽い音とともに、サイラスの防御魔法が弾け、勝敗が決した。
「そ、それまで! 勝者、ニコラス選手!」
司会の声に、演習場は一瞬の静寂の後、大きなどよめきに包まれた。控えていたレイラ先生も、驚きを隠しきれない様子で拍手を送っている。
「風、光、水、身体強化……あいつ、一体いくつ魔法を使ったんだ」
「しかも威力の加減まで完璧って、どういうことだよ」
観客席から漏れ聞こえてくる困惑の声を耳にしながら、ニコラスはただ静かに一礼した。特別なことをしたつもりはなく、ただ状況に応じて、使える手段を素直に選んだだけだった。
演習場の隅で、その一部始終を見ていたエドワードは、拳を強く握りしめていた。
「……ただの、村人上がりのくせに」
その声には、悔しさと、隠しきれない焦りが滲んでいた。伯爵家の嫡男として、幼い頃から誰よりも努力を重ねてきた自負がある。それなのに、目の前の少年は、まるで息をするように自分の何倍もの力を発揮してみせる。
その不条理さこそが、エドワードの中にある苛立ちの、本当の正体だったのかもしれない。
「エドワード様、次こそは……」
取り巻きの生徒がそう声をかけようとしたが、エドワードはそれを遮るように鋭い視線を向け、無言のまま演習場を後にした。誰にも本心を悟らせまいとする、痛々しいまでの意地が、その背中には滲んでいた。
こうして、学園一年目の模擬試合は幕を閉じた。ニコラスの規格外の実力は、もはや学園中の誰もが認める事実となっていた。
その日の夜、寮の食堂には、いつもより多くの生徒が集まっていた。話題の中心は、当然ながらニコラスの活躍についてだった。
「なあニコラス、正直、今どんな気分だ? 一躍時の人だぜ」
ルーカスが興奮した様子でそう尋ねてくる。
「うーん、実感が湧かないかな。ただ、目の前の相手にちゃんと勝とうとしただけだし」
「その『ただ』が、俺たちにはできないんだって、何回言えば分かるんだよ」
フェリックスが呆れたように口を挟む。だが、その声には、どこか誇らしげな響きも混じっていた。友人が学園中の注目を集めていることを、素直に喜んでいる様子がうかがえる。
「これから、色々と大変になるかもしれませんわね」
シャルロットが扇の陰で、静かにそう呟いた。その言葉には、単なる祝福だけではない、微かな懸念の色も滲んでいた。目立ちすぎることは、時に思わぬ厄介事を呼び込むこともある――貴族社会に身を置く彼女には、そうした機微が自然と分かるのかもしれなかった。
「大丈夫だよ、多分」
ニコラスは軽い調子でそう答えたが、シャルロットの言葉は、どこか胸の片隅に小さな引っかかりとして残った。
(第8話へ続く)




