第69話 海への誘い
夏期休暇初日、待ち合わせ場所の馬車乗り場には、朝早くから五人――いや、ガレスも加わって六人が集まっていた。
「よう、待たせたか」
最後にやってきたガレスが、少し照れくさそうに片手を上げる。
「ガレス、本当に来たんだな」
「誘われたら断る理由もないだろう。それに、たまには気晴らしも必要だ」
「よろしくお願いします、ガレス様」
エミリーが丁寧に頭を下げる。ガレスは少しばつが悪そうに視線を逸らした。
「エミリー、その、以前のことは、改めて詫びさせてくれ。うちの家の者が、迷惑をかけた」
「い、いえ、ガレス様が謝ることでは……。もう、気にしていませんから」
「そうか。ならいいんだが」
そんなやり取りを微笑ましく見守りながら、フェリックスが荷物を馬車に積み込んでいく。
「よし、全員揃ったな。それじゃあ、出発するか!」
「待って、シャルロット、荷物多すぎない?」
ニコラスが呆れたように、山のように積まれた荷物を見た。
「当然でしょ! 海に行くんだから、水着だって何着か持っていかないと。あと、日焼け対策の品も必要だし」
「何着かって、一日しかいないんだぞ」
「乙女心をわかってないわね! こういう時こそ、しっかり準備するものなのよ」
「はいはい」
「その返事、心こもってないでしょ!」
賑やかなやり取りに、皆が笑いながら馬車に乗り込んだ。王都から少し離れた海岸まで、馬車で半日ほどの道のりだった。
「そういえば、海って、実際に見るのは初めてなんです」
ソフィアが窓の外を眺めながら、少し緊張した様子で言う。
「俺も、前世――じゃなくて、あんまり縁がなかったな」
うっかり口を滑らせそうになったニコラスに、フェリックスが不思議そうな顔を向けた。
「前世? 何の話だ」
「な、なんでもない。ただの言い間違いだ」
「変なやつだな、お前」
冷や汗をかきながらも、ニコラスはなんとか誤魔化した。転生者であることは、この五人にも――いや、この世界の誰にも打ち明けていない秘密だった。
馬車に揺られること数時間、窓の外の景色が徐々に変わり始めた。緑豊かな丘陵地帯を抜けると、遠くにきらめく青い水平線が見えてくる。
「あ、見えてきた! 海だ!」
シャルロットが窓に張り付くようにして声を上げた。
「本当だ……! すごい、綺麗ですね」
ソフィアも思わず身を乗り出す。馬車が海岸沿いの道に差し掛かると、潮の香りとともに、爽やかな風が車内に吹き込んできた。
「よし、着いたぞ! 皆、降りるぞ!」
フェリックスの号令とともに、六人は馬車を降り、目の前に広がる砂浜へと駆け出した。
「うわあ……! 本当に綺麗……」
真っ白な砂浜と、透き通るような青い海。夏の日差しを受けて、水面がきらきらと輝いている。
「思ってた以上だな、これは」
ガレスも感嘆したように呟いた。
「よーし、みんな、まずは着替えて泳ぐわよ!」
シャルロットが張り切った様子で荷物を持ち、更衣用のテントへと駆けていく。
「相変わらず元気だな、あいつ」
苦笑いを浮かべるニコラスの隣で、ソフィアがそっと呟いた。
「今日は、本当に楽しみです」
「ああ、俺も」
しばらくして、更衣用のテントから、シャルロットが姿を現した。
「お待たせ! どう、似合ってる?」
爽やかな水色の水着に身を包んだシャルロットが、くるりと回って見せる。
「お、おお、似合ってるな」
「な、なによその棒読みの返事! もっとちゃんと感想言いなさいよね!」
「い、いや、本当に似合ってるって! ただちょっと驚いただけで……」
しどろもどろになるニコラスを見て、フェリックスが小さく笑いを堪えていた。
「ソフィアも、早く着替えてこいよ」
「は、はい……!」
恥ずかしそうに頬を染めながら、ソフィアもテントへと向かった。エミリーも遠慮がちに続く。
「男どもは、先に泳いでいいぞ」
ガレスが海に向かって歩き出しながら言った。
「おう、待たせるのも悪いしな」
フェリックスとガレスが先に海に飛び込み、豪快に水しぶきを上げる。
「うわ、冷たい! でも気持ちいいな!」
「お前ら、はしゃぎすぎだろ」
ニコラスも苦笑いしながら、ゆっくりと海に足を踏み入れた。透き通った海水が、日差しを受けてきらきらと輝いている。
しばらくして、水着に着替えたソフィアとシャルロット、そしてエミリーが、テントから出てきた。
「お待たせしました……!」
「わあ、皆、似合ってるじゃないか」
フェリックスが感心したように言うと、シャルロットが得意げに胸を張った。
「当然でしょ! 私のセンス、水着選びにも発揮されてるんだから」
「よし、それじゃあ、全員揃ったところで、砂浜遊び大会と行こうか!」
フェリックスが元気よく宣言すると、皆から歓声が上がった。
「砂浜遊び大会って、具体的に何するのよ」
「決まってるだろ、まずはビーチボールで一勝負だ!」
抜けるような青空の下、波打ち際で笑い合う六人の姿を、白い雲がゆっくりと見守っていた。グラント商会の騒動も、日々の勉学の疲れも、今この瞬間だけは、遠い出来事のように感じられた。夏休みの一日目は、まだ始まったばかりだった。
第70話へ続く




