第65話 新しい研究、始めます
祝勝会から数日後、放課後の空き教室には、いつもの五人が集まっていた。
「よし、今日からソフィアの新プロジェクト、本格的に始めるぞ!」
フェリックスの号令に、皆がそれぞれ資料を広げる。
「魔力を使わない簡易魔道具、か。正直、発想自体は面白いと思うけど、実現するとなると相当難しいんじゃないか?」
ニコラスの疑問に、ソフィアが持参したノートを開いて説明を始めた。
「はい、私も色々考えたんですが……完全に魔力を排除するのは、確かに難しいと思います。ただ、あらかじめ魔石に魔力を蓄えておいて、それを少しずつ放出する仕組みなら、使用者自身の魔力量に関係なく動かせるんじゃないかと」
「なるほど、蓄電池ならぬ、蓄魔石ってわけか」
「はい、そのイメージです」
「面白いじゃない。それなら、魔力操作が苦手な人でも使えるってことよね」
シャルロットが興味深そうに身を乗り出した。
「実際、私も昔は魔力操作が本当に苦手だったから……こういう道具があったら、もっと早くから色々な魔道具を使えてたと思うわ」
「シャルロット様の経験、すごく参考になります」
ソフィアが嬉しそうに頷く。
「よし、それじゃあ、まずは試作の設計から始めよう。魔石への魔力の蓄積効率と、放出のコントロール、この二点が鍵になりそうだな」
ニコラスが羊皮紙に図を描き始めると、皆もそれぞれの得意分野で議論に加わっていった。
「なあ、これ完成したら、どういう層に需要ありそうだ? 商売的な視点で考えると」
フェリックスの問いに、エミリーがおずおずと手を挙げた。
「あの、私からも意見、いいですか」
「もちろん、言ってくれ」
「その、魔力量が少ない人って、実は結構多いと思うんです。私自身も、あまり魔力が多い方ではなくて……。そういう人たちにとって、この魔道具は本当に助けになると思います」
エミリーの言葉に、その場の空気が少し温かくなった。
「エミリーの言う通りだな。実用性、かなり高そうだ」
「よし、じゃあ需要調査も兼ねて、今度また商業ギルドに相談してみるか」
議論が一区切りついた頃、シャルロットが思いついたように声を上げた。
「ねえ、この道具、名前も考えておいた方がいいんじゃない?」
「名前か。確かに、商品として売り出すなら重要だな」
「私に任せなさい。こういうネーミングセンス、得意なのよ」
「シャルロット様のセンス、デザインだけじゃなくて、そういうところにも発揮されるんですね」
「当然でしょ! ちょっと待って、今考えるから……」
シャルロットが真剣な顔で腕を組み、うんうんと唸り始めた。
「『マナレス・ランプ』とか、どう? 魔力いらずって意味を込めて」
「お、いいじゃないか。分かりやすいし、覚えやすい」
「でしょう!? 私の才能、また一つ証明されたわね」
「はいはい、すごいすごい」
「その適当な返事、また出たわね!」
賑やかなやり取りに、教室中が笑いに包まれた。フェリックスが早速メモに新しい名前を書き加える。
「よし、『マナレス・ランプ』、仮称としてこれで進めよう」
「今日はいいペースだったな。次は実際に試作品を作ってみよう」
「はい、楽しみです!」
教室を出て、寮への帰り道。ニコラスとソフィアは、自然と並んで歩いていた。
「ソフィア、今回のアイデア、本当にすごいと思う。魔力量に関係なく使える道具って、色んな人の助けになるはずだ」
「そんな、大したことじゃ……。ただ、昔から、魔力が少ない人が悔しい思いをしているのを見てきたので……。少しでも力になれたらいいなと思っていました」
「そういう気持ち、大事だと思う」
ふと視線が合い、ソフィアが恥ずかしそうに目を逸らした。
「あの、ニコラス君」
「ん?」
「その……いつも、私の意見を、ちゃんと聞いてくれて、ありがとうございます」
「そんなの、当然だろ。ソフィアのアイデア、いつも本当に助かってるし」
「……はい」
小さく微笑むソフィアの横顔を見て、ニコラスは何とも言えない、温かい気持ちに包まれた。
寮の分かれ道で別れを告げ、それぞれの部屋へと戻る。窓の外に広がる夕焼け空を眺めながら、ニコラスはふと、これから始まる新しい研究に、静かな期待を膨らませていた。
自室に戻ったニコラスは、机に向かい、今日の議論を整理したメモを見返していた。マナレス・ランプの構造、必要な魔石の量、放出速度の調整方法――考えるべきことは山積みだったが、それすらも楽しく感じられた。
「魔力量に関係なく使える道具、か……」
前世では、こういう「誰にでも使いやすい道具」を作ることに憧れていた時期があった。まさかこの世界で、似たような理想を追いかけることになるとは、思ってもみなかった。
窓の外から、涼やかな夜風が吹き込んでくる。夏の気配を感じさせるその風に、ニコラスは小さく息を吐き、ノートを閉じた。
グラント商会との騒動が去り、また新たな挑戦が始まろうとしている。仲間たちと共に歩む学園生活は、まだまだ賑やかに続いていきそうだった。
第66話へ続く




