第64話 祝勝会
商業祭から一夜明け、学園には落ち着いた日常が戻ってきていた。だが、その空気はどこか浮足立っている。
「おい、聞いたか! ニコラスたち、商業祭で最優秀賞取ったらしいぞ!」
「しかもグラント商会の不正まで暴いたって話だ。すごいよな」
廊下ですれ違う生徒たちの視線が、心なしかいつもと違う。ニコラスは気恥ずかしさを感じながら、そそくさと教室へと向かった。
「よう、時の人」
教室に入るなり、フェリックスがニヤニヤしながら声をかけてきた。
「やめてくれよ、その言い方」
「いいじゃんか、事実なんだから。堂々としてろって」
昼休み、四人とエミリーは、祝勝会と称して寮の近くの茶屋に集まっていた。
「かんぱーい!」
フェリックスの音頭で、果実水のグラスを掲げる。
「本当に、長かったわね。設計図流出から、レイモンド家の誤解、グラント商会の妨害……色々ありすぎて」
シャルロットがしみじみと呟く。
「でも、結果的には、いい方向に転がったと思う。ガレスとの関係も改善したし、エミリーとも仲良くなれたし」
「はい、私も、皆さんと出会えて本当に良かったです」
エミリーが嬉しそうに微笑んだ。彼女の表情は、初めて出会った頃の怯えた様子とは、まるで別人のように明るくなっていた。
「これからも、よろしくお願いします」
「もちろんだ。エミリーは、もう俺たちの大事な仲間だからな」
ニコラスの言葉に、エミリーは目を潤ませながら深く頭を下げた。
祝勝会も一段落した頃、店の外から見覚えのある人物が顔を出した。
「よう、邪魔するぞ」
「ガレス!」
まさかの訪問に、皆が驚いた顔を向ける。
「祝勝会やってるって聞いたんでな。差し入れだ」
そう言って、ガレスがテーブルに置いたのは、王都でも評判の菓子店の焼き菓子だった。
「わざわざありがとう。座っていけよ」
「いや、俺はここまでだ。父上への報告もあるしな。それより――」
ガレスが少し照れくさそうに視線を逸らした。
「今回のこと、本当によくやったと思う。うちの家の名前が絡んでたのに、最後まで冷静に対処してくれて、感謝してる」
「お前も、色々動いてくれただろ。持ちつ持たれつだよ」
「ふっ、そうだな」
短いやり取りの後、ガレスは軽く手を上げて去っていった。その背中を見送りながら、シャルロットがぽつりと呟いた。
「あの二人、本当に仲直りしたのね」
「まあ、腐れ縁みたいなもんだろ」
フェリックスの言葉に、皆が小さく笑った。差し入れの焼き菓子を分け合いながら、談笑は夕方近くまで続いた。
ガレスが去った後、しばらくして店員が焼き上がったばかりの軽食を運んできた。香ばしい匂いが漂う中、フェリックスが真っ先に手を伸ばす。
「おお、これ美味そうだな! いただきます!」
「フェリックス様、行儀が悪いですよ……」
ソフィアが苦笑しながらも、自分も一口頬張り、目を輝かせた。
「わ、本当に美味しいです」
「でしょ! この店、私のお気に入りなの」
シャルロットが得意げに言う。賑やかな笑い声とともに、しばしの休息を楽しんだ後、フェリックスが思い出したように口を開いた。
「今回の受賞で、うちの魔道具、王国内の主要都市にも本格的に流通することが決まったらしいぞ」
「本当か!? そんな大きな話に……」
「ああ。それに、次の新作についても、正式に開発予算がつくらしい。ソフィア、今度は何か新しいアイデア、あるのか?」
「え、私ですか?」
急に話を振られ、ソフィアは慌てた様子で考え込んだ。
「そうですね……実は、前から気になっていることがあって。魔力を使わずに動かせる、簡易的な魔道具の仕組み、作れないかなと」
「魔力を使わずに?」
「はい。魔力量が少ない人でも使える道具があれば、もっと多くの人の役に立つんじゃないかと思って」
その発想に、ニコラスは思わず目を見開いた。
「それ、すごくいいアイデアだと思う。今度、一緒に研究してみないか?」
「はい、ぜひ!」
嬉しそうに頷くソフィアを見て、シャルロットが小さく口を尖らせた。
「ちょっと、私も交ぜてよね。デザイン担当、忘れないでほしいんだけど」
「もちろん、シャルロットも一緒だよ」
「な、ならいいけど……」
賑やかなやり取りが続く中、フェリックスがふと真面目な顔になった。
「なあ、これから先も、色々あるかもしれないけど……俺たち五人でいれば、大抵のことは乗り越えられる気がするよな」
「うん、俺もそう思う」
ニコラスが頷くと、皆がそれぞれに微笑みを浮かべた。
窓の外では、夏の気配を帯びた爽やかな風が、緑の葉を揺らしていた。三年目の学園生活は、まだ半分も終わっていない。これから先も、きっと様々な出来事が待ち受けているのだろう。
だが今は、この穏やかな時間と、共に歩む仲間たちの存在を、ただ純粋に喜びたいと思うニコラスだった。
「よし、明日からもまた頑張るぞ!」
「おー!」
賑やかな声が、茶屋いっぱいに響き渡った。祝勝会は、日が暮れるまで賑やかに続いた。
第65話へ続く




