第62話 会場の異変
午後も半ばを過ぎた頃、会場の空気が微妙に変わり始めた。
「なあ、あそこのブース、やけに人集めてないか?」
フェリックスが視線を向けた先、少し離れた場所に、ひときわ大きな装飾を施したブースがあった。掲げられた看板には『グラント商会』の文字。
「あいつら、こんなところにも出展してたのか」
「見て、あれ……」
シャルロットが眉をひそめる。グラント商会のブースには、保冷機能を持つ魔道具が大々的に展示されていた。しかもその外装は、明らかにこちらの意匠を意識したかのようなデザインだった。
「模倣品……ってわけじゃないよな。今回のは、正式な発表みたいだけど」
「表向きは別物として売り出してるみたいだな。でも、あの構造、絶対うちのを参考にしてる」
近づいて様子を窺うと、ちょうどブースの中央で、あのハインツが客に向けて商品説明をしているのが見えた。
「――というわけで、こちらの保冷魔道具、他社製品とは一線を画す性能をお約束いたします」
その言葉に、ニコラスは思わず拳を握った。あからさまな当てつけとしか思えない。
「行こう。相手にする価値もない」
「でも、このまま放っておいていいのか?」
「今は、目の前のお客さんに集中しよう。向こうの挑発に乗ったら、それこそ相手の思う壺だ」
ニコラスの言葉に、皆は頷き、自分たちのブースへと戻った。
だが、状況はそう単純には収まらなかった。
「すみません、ちょっとお伺いしたいんですが」
一人の客が、怪訝な顔でブースに近づいてきた。
「あちらのグラント商会さんの商品と、こちらの商品、かなり似ていますが、どちらが本家なんですか?」
予想していた質問だった。フェリックスが冷静に対応する。
「こちらが正真正銘、魔道具ギルド公認の商品です。開発の経緯についても、商業ギルドで正式に記録が残っております」
「へえ、そうなんですね。でも、あちらの商会の方は『独自開発』だと仰っていましたが」
「そのあたりの経緯につきましては、現在ギルドを通じて正式な調査が行われております。詳細は、後日発表される見込みです」
言葉を選びながらも、堂々とした態度で対応するフェリックスに、客は納得した様子で頷いた。
「なるほど、事情がありそうですね。応援してますよ、頑張ってください」
「ありがとうございます!」
客が去った後、フェリックスは小さく息を吐いた。
「はあ……こういう質問、これからも増えそうだな」
「向こうも、わざと紛らわしい真似をしてきてるんだろうな」
そこへ、慌てた様子でエミリーが駆け込んできた。
「た、大変です! さっき、あちらのブースの前で、うちの商品を悪く言ってる人がいて……!」
「悪く言ってる?」
「はい、『あっちのは学生のお遊びだ』とか、『まともに動かないんじゃないか』とか……」
その言葉に、シャルロットの表情が険しくなった。
「ちょっと、それ聞き捨てならないわね」
「まあまあ、落ち着け。相手にするだけ無駄だって」
「でも、根も葉もない噂を流されるのは、腹が立つでしょ!」
「それはそうだけど……」
ニコラスも同じ気持ちだったが、ここで感情的になれば、相手の思うつぼだということもわかっていた。
「今、俺たちができる一番の反撃は、この場でしっかり結果を出すことだと思う。実際に商品を見て、触ってもらえれば、噂なんて簡単に覆せるはずだ」
「そうですね。私も、そう思います」
ソフィアの言葉に、シャルロットも渋々ながら頷いた。
「わかったわよ。今は、大人しく実力で示すことにする」
決意を新たにした一同は、再び実演に力を注ぎ始めた。丁寧な説明と、確かな品質を武器に、一人また一人と、客の信頼を勝ち取っていく。
実演の合間、休憩を取っていたニコラスのもとに、見覚えのある顔が現れた。
「ニコラス、ちょっといいか」
「ガレス!」
剣術の鍛錬帰りらしい格好のガレスが、ブースの様子を興味深そうに眺めていた。
「盛況みたいだな。噂は聞いていたが、実際に見ると圧巻だ」
「ありがとう。それより、大丈夫なのか、うちのブースに来て」
「別に構わないだろう。それに、あっちのグラント商会のブース、見てきたところだ」
ガレスの表情が、わずかに曇った。
「随分と挑発的な展示の仕方をしてるな。父上にも、正式に抗議するよう進言しておいた」
「そうか、ありがとう」
「礼を言われるようなことじゃない。うちの家の名前を利用された落とし前だ」
そう言って、ガレスはニコラスの肩を軽く叩いた。
「頑張れよ。今日の結果、ちゃんと見届けさせてもらう」
「ああ、見ててくれ」
短いやり取りだったが、ガレスの言葉に、ニコラスは確かな力をもらった気がした。
「見たか、あの反応! 完全にこっちの勝ちだろ!」
フェリックスが誇らしげに言う。だが、遠くのグラント商会のブースから、こちらを見つめるハインツの視線に気づき、ニコラスは小さく身構えた。
その笑みは、決して敗北を認めたものではなかった。
第63話へ続く




