第61話 開幕、王都商業祭
王都商業祭当日。朝早くから会場となる大広場は、王国中から集まった商会や職人たちの熱気に包まれていた。
「うわあ……すごい人だな」
会場に足を踏み入れたニコラスは、思わず声を漏らした。色とりどりの旗が翻る中、大小さまざまな出展ブースが立ち並び、既に多くの見物客で賑わっている。
「ほら、ぼーっとしてないで、準備するぞ! 俺たちのブースはこっちだ」
フェリックスに促され、四人とエミリーは指定されたブースへと向かった。バルトロさんの言葉通り、メイン会場の入り口近くという好立地に、こぢんまりとしながらも上品にしつらえられたブースが用意されていた。
「わあ、素敵な設営ですね」
ソフィアが感嘆の声を上げる。ギルドの職人たちが事前に整えてくれたブースには、保冷魔道具と新作のティーポットが、それぞれ美しく陳列されていた。シャルロットがデザインした外装が、朝日を受けて上品に輝いている。
「よし、開場まであと三十分。最終確認するぞ」
フェリックスの号令のもと、四人はそれぞれの持ち場を確認していった。ニコラスは魔道具の動作を、ソフィアは試作品の温度調整を、シャルロットは陳列の美しさを、エミリーは案内資料の配置を、それぞれ念入りにチェックする。
「大丈夫、完璧です」
「よし、あとは本番を待つだけだな」
そうこうしているうちに、開場の鐘が鳴り響いた。
「王都商業祭、開幕でございます!」
司会役の声が広場に響き渡ると同時に、大勢の見物客が一斉に会場になだれ込んできた。
「うわ、すごい勢いだ……」
「よし、俺たちも負けてられないぞ! 皆、笑顔で頑張ろう!」
フェリックスの掛け声とともに、いよいよ実演が始まった。
「いらっしゃいませ! こちら、氷を使わずに食材を長期保存できる、画期的な保冷魔道具でございます!」
ニコラスが練習通りの説明を始めると、通りがかった主婦らしき女性が興味深そうに足を止めた。
「あら、氷いらずなの? それは便利ねえ」
「はい、こちらの魔法陣で――」
説明を始めると、女性はすぐに商品の実演に見入ってくれた。隣のブースでは、ソフィアが新作のティーポットを手に、丁寧な説明を続けている。
「こちらは、温度と香りを同時に保つ機能を備えたティーポットです。長時間経っても、淹れたての風味をお楽しみいただけます」
「まあ、素敵! ちょっと試してもいいかしら」
「はい、どうぞ」
ソフィアが実際にお茶を注いで見せると、湯気とともに漂う香りに、周囲からも感嘆の声が上がった。
「シャルロット様のデザインも、皆さんに褒めていただいてますよ」
エミリーが嬉しそうに報告する。実際、シャルロットの美しい意匠に足を止める客も多く、機能だけでなく見た目の評判も上々だった。
「当然でしょう! 私のセンス、伊達じゃないんだから!」
得意げなシャルロットに、フェリックスが苦笑いを浮かべながらも、営業トークを続けていた。
「さあさあ、今なら実演割引もございますよ! この機会にぜひ!」
「フェリックス、そんな割引、聞いてないぞ!?」
「細かいこと気にすんな! 勢いが大事なんだよ!」
賑やかなやり取りをしながらも、ブースは次第に多くの人だかりで溢れるようになっていった。噂を聞きつけた商会関係者らしき人物までもが、興味深そうにブースを覗き込んでいる。
昼過ぎになると、会場はさらに活気を増していた。ブースの前には常に人だかりができ、実演のたびに歓声や質問が飛び交う。
「お嬢さん、これいくらで買えるんだい?」
年配の商人が興味深そうに保冷魔道具を手に取った。
「ご購入は、後日ギルドを通しての正式契約となります。本日はサンプル展示ということで、ご了承ください」
フェリックスが如才なく対応する。商売の駆け引きにおいては、彼の右に出る者はいなかった。
「ほう、若いのにしっかりしとるな。どこの商会の子だい?」
「魔道具ギルド所属、バルトロ様のもとで開発を進めております」
「ほう、バルトロのところか。なるほどな」
商人は感心したように頷き、名刺を残して立ち去っていった。
「今の人、結構有名な商会の人じゃなかったか?」
「かもな。反応は悪くなかったし、後で正式に連絡が来るかもしれない」
そんな話をしていると、今度は貴族らしき身なりの一団が、ブースの前で足を止めた。シャルロットが目ざとくそれに気づき、すかさず対応に出る。
「ようこそお越しくださいました。こちらのデザイン、いかがでしょうか」
社交界仕込みの丁寧な物腰と、堂々とした立ち振る舞いに、貴族の一団もすっかり感心した様子だった。
「見事な意匠ですね。あなたがデザインを?」
「はい、僭越ながら」
「素晴らしい。ぜひ、屋敷の応接間にも一つ欲しいものです」
「ありがとうございます。正式な取引については、ぜひ魔道具ギルドまでお問い合わせくださいませ」
見事な対応に、ニコラスたちも思わず舌を巻いた。
「シャルロット、お前、こういう時だけは本当に頼りになるな」
「こういう時だけって何よ! いつも頼りになるでしょ!」
「はいはい、そうだな」
「その適当な返事、絶対心こもってないでしょ!」
「ああ、順調すぎるくらいだ」
そう言いながらも、ニコラスの胸の奥には、小さな警戒心が残っていた。この賑わいの中に、グラント商会の影が紛れ込んでいないとも限らない。
だが、今この瞬間だけは、皆で積み上げてきた努力が実を結ぶ喜びに、素直に浸っていたいと思った。
「よし、この調子でいくぞ!」
太陽が高く昇る中、五人の挑戦は、まだ始まったばかりだった。
第62話へ続く




