第59話 見張りの夜
シャルロットの提案通り、四人は交代で作業場の見張りをすることになった。
「今夜は俺の番だな」
放課後、フェリックスが工房の鍵を受け取りながら言った。
「一人で大丈夫か? なんなら俺も付き合うぞ」
「いいっていいって。お前は明日、魔法陣の仕上げがあるんだろ。ちゃんと寝ておけよ」
「そうだけど……」
「心配するな、俺一人でも十分だ。何かあったら、すぐに知らせる」
そう言って、フェリックスは工房に一人残った。夜も更け、静まり返った校舎の中で、彼はランプの明かりを頼りに本を読みながら時間を潰していた。
――カタン。
小さな物音がして、フェリックスは思わず本を閉じた。
「……誰だ」
工房の扉の外から、何かが動く気配がする。フェリックスは息を潜め、そっと扉に近づいた。
「そこにいるのはわかってる。出てこい」
扉を開けると、そこにいたのは、見覚えのない小柄な人影だった。フードを深くかぶり、顔がよく見えない。
「な、なんの用だ!」
フェリックスの声に、人影がびくりと肩を震わせた。逃げようとするその腕を、フェリックスは咄嗟に掴んだ。
「ちょっと待て! 逃げるな!」
「や、やめて……!」
フードが取れ、その下から現れたのは、思いがけない人物だった。
「……エミリー?」
B組の少女、エミリーだった。彼女は真っ青な顔で、その場に立ち尽くしていた。
「なんでここにいるんだ。まさか……また誰かに命令されたのか?」
「い、いえ……! 違います、今日は……」
エミリーは涙目になりながら、必死に説明を始めた。
「実は……グラント商会の人間が、私にまた接触してきたんです。今度は、皆さんの新しい魔道具の情報を探ってこいって……」
「なんだと」
「でも、私、今度は絶対に断ったんです! ただ、そのことを、直接お伝えしなくちゃと思って……夜にこっそり来たんです。誤解されないように、今度は自分から名乗ろうと思って……」
「そういうことか」
フェリックスは息を吐いて、掴んでいた腕をそっと離した。
「悪かった、驚かせて。それより、また接触してきたって、詳しく教えてくれ」
エミリーは椅子に座り、事の詳細を話し始めた。数日前、下校途中で見知らぬ男に声をかけられ、以前と同じように「協力すれば謝礼を払う」と持ちかけられたという。
「今度は、母のことを持ち出されなかったので、断りやすかったです。でも、正直、まだ怖くて……」
「そりゃそうだよな。よく勇気出して来てくれたな」
「あの、これ……」
エミリーが取り出したのは、一枚のメモだった。
「男の人から渡された連絡先です。もしかしたら、証拠になるかもしれないと思って、こっそり持ってきました」
「これは……! すごい手がかりだ、ありがとう」
翌朝、フェリックスはすぐにニコラスたちに事の顛末を報告した。
「エミリーがまた狙われてたのか……」
「ああ。でも、今回はちゃんと俺たちに知らせに来てくれた。それに、この連絡先のメモ」
「これ、バルトロさんに持っていけば、グラント商会との繋がりの証拠になるんじゃないか?」
ソフィアが心配そうな顔で言った。
「エミリーさん、大丈夫でしたか……? また怖い思いをさせてしまって……」
「本人は落ち着いてたよ。でも、俺たちも、エミリーを一人にしないよう、気をつけた方がいいと思う」
シャルロットも神妙な顔で頷いた。
「そうね。あの子、私たちのために、また危険を冒してくれたんだから」
四人はその日のうちにバルトロさんのもとを訪れ、メモを提出した。バルトロさんは連絡先を確認すると、大きく頷いた。
「これは重要な証拠になりますぞ。この連絡先、以前グラント商会の関係者が使用していたものと一致します」
「本当ですか!」
「ええ。これで、商業ギルドへの正式な告発の準備が、また一歩進みました。皆様、そしてエミリーさんには、深く感謝いたします」
バルトロさんとの話し合いを終え、四人は帰り道でエミリーに改めてお礼を伝えることにした。放課後、B組の教室の前で待っていると、エミリーが少し驚いた様子で出てきた。
「あ、皆さん……」
「エミリー、昨日はありがとう。おかげで、大事な手がかりが手に入ったよ」
「そんな、私、当然のことをしただけです」
「当然じゃないよ。怖い思いをしたはずなのに、勇気を出して知らせに来てくれた。それだけで、十分すごいことだ」
ニコラスの言葉に、エミリーは目を潤ませながら小さく微笑んだ。
「あの、これからも……何かあったら、すぐにお伝えします。今度こそ、ちゃんと、正しいことをしたいので」
「ああ、頼りにしてる」
「それと、これ」
シャルロットが差し出したのは、小さな包みだった。
「お礼というほどでもないけど、私たちが作った試作品の一つ。良かったら使って」
包みの中には、小さな保冷ポーチが入っていた。エミリーは驚いたように目を丸くする。
「こんな貴重な物、いただいてもいいんですか……?」
「もちろんよ。あなたのおかげで、私たちも救われたんだから」
「ありがとう、ございます……!」
嬉しそうに包みを抱きしめるエミリーの姿に、ソフィアもフェリックスも、自然と笑みがこぼれた。
その日の夜、寮の自室に戻ったニコラスは、窓の外に広がる星空を見上げながら、ふと呟いた。
「エミリー、本当によく頑張ったな」
一人の少女の小さな勇気が、大きな事態を動かす一歩になった。商業祭までの道は、まだ平坦ではないだろう。しかし、確かな手がかりを得たことで、状況は少しずつ、こちら側に有利な方向へ動き始めていた。
窓辺に立ったまま、ニコラスはしばらくの間、静かな夜空を眺め続けていた。明日からもまた、忙しい日々が待っている。それでも、こうして少しずつ味方が増えていくことに、確かな希望を感じずにはいられなかった。
第60話へ続く




