第55話 グラント商会の提案
茶屋の一角、少し離れた席に案内されたニコラスは、警戒を解かずにグラント商会の男と向き合った。フェリックスたちも席を外さず、すぐ隣のテーブルでこちらの様子を窺っている。
「改めまして、私、グラント商会で交渉役を務めております、ハインツと申します」
「……ニコラスです。それで、話とは?」
「率直に申し上げましょう。先日の設計図流出の件、弊社の関与が発覚し、商業ギルドから正式な調査を受けることになりました」
驚くほどあっさりと、ハインツは自分たちの罪を認めた。
「その上で、ご提案がございます。今回の不祥事について、弊社として正式にニコラス様へお詫びをし、その上で――」
「その上で?」
「弊社と、正式に業務提携を結んでいただけませんでしょうか」
予想外の言葉に、ニコラスは思わず眉をひそめた。
「盗んだ側から、提携の申し出ですか」
「ええ、身勝手な話であることは重々承知しております。ですが、弊社の販路と資金力は、既存の魔道具ギルドを遥かに上回っております。ニコラス様の発明力と、弊社の販売網が組み合わされば、王国全土にあの魔道具を広めることも可能でしょう」
ハインツの口調は終始穏やかだったが、その裏に見え隠れする野心が、ニコラスには不気味に感じられた。
「お断りします」
即答だった。
「ほう、理由をお聞かせいただけますか」
「情報を盗む人間と、信頼関係なんて築けません。それに、俺はもうバルトロさんのギルドと契約を結んでいる。それを覆すつもりはない」
「なるほど。しかし、条件次第では、お考えを変えていただけるかもしれません。例えば――」
「条件の話をする前に、はっきりさせておきたいことがあります」
ニコラスは静かに、しかし強い口調で言葉を継いだ。
「あなたたちがやったことで、レイモンド家は濡れ衣を着せられて、エミリーさんという生徒は、母親の立場を盾にされて脅されていた。その事実を、忘れてもらいたくない」
ハインツの笑みが、わずかに固まった。
「……なるほど。手厳しいですな」
「これは手厳しいとかそういう話じゃない。人を巻き込んで、平気で踏み台にするようなやり方に、協力するつもりはないってことです」
隣のテーブルから、フェリックスが小さく口笛を吹いた。シャルロットは満足そうに頷いている。
しばしの沈黙の後、ハインツはゆっくりと立ち上がった。
「……ご意向、しかと承りました。本日は失礼いたします」
「一つだけ」
去りかけたハインツに、ニコラスが声をかける。
「バルトロさんや商業ギルドには、今日ここで提案されたことも、正直に報告させてもらいます」
ハインツの表情が一瞬こわばったが、すぐに元の如才ない笑みに戻った。
「それも結構でしょう。……ただ、ニコラス様。弊社は、一度断られたからといって、簡単に諦める商会ではありません。それだけは、覚えておいていただければ」
含みのある言葉を残し、ハインツは茶屋を後にした。
しばしの静寂の後、フェリックスが盛大にため息をついた。
「はー、緊張したな……。ニコラス、よく啖呵切ったな、あんな相手に」
「柄にもないことしたと思う、自分でも」
「格好良かったですよ、ニコラス君」
ソフィアの言葉に、ニコラスは思わず苦笑いした。
「それより、あの言い方……『簡単に諦めない』って、穏やかじゃない言い方ね」
シャルロットが眉をひそめる。その懸念は、決して的外れなものではないだろう。
「バルトロさんに、今日のこと、すぐに報告しよう」
「そうだな。俺たちだけで抱え込む問題じゃない」
茶屋を出た四人は、夕暮れの街を早足で商業ギルドへと向かった。まだ何も終わっていない。むしろ、これは新たな始まりに過ぎないのかもしれない――そんな予感が、ニコラスの胸に重く残っていた。
第56話へ続く




