第53話 束の間の平穏
グラント商会の一件が明るみに出てから一週間。学園はようやく落ち着きを取り戻していた。
「なあニコラス、聞いたか? エミリー、B組でちょっとした人気者になってるらしいぞ」
昼休み、食堂でフェリックスが得意げに情報を披露する。
「人気者? どういうことだ」
「勇気を出して真実を告白した、勇敢な生徒って評判が広まってるんだと。それに、レイモンド家からも正式にお咎めなしって通達が来たらしいし、母親の仕事も守られたって話だ」
「それは良かった」
胸のつかえが一つ取れた気がして、ニコラスは自然と微笑んだ。あの日、涙を流しながら謝っていたエミリーの顔を思い出す。彼女にとって、本当に辛い決断だったはずだ。
「あ、そうだ。ニコラス君、忘れてませんか」
ソフィアが小さく手を挙げて言った。
「忘れてる? 何を?」
「来週の、実技試験です。シャルロット様の」
「あ……!」
すっかり頭から抜け落ちていた。クレア先生が予告していた、あの不名誉な記録更新をかけた試験だ。
「シャルロット、練習の方はどうなんだ?」
「練習? ああ、それなら――」
言いかけたところで、当のシャルロットが食堂に姿を現した。心なしか自信満々な足取りである。
「聞いて驚きなさい! 私、この一週間、毎日欠かさず魔力循環の練習をしたのよ!」
「お、おお、すごいな」
「昨日なんて、一度も暴走させずに小型のランプを完成させたわ! 見なさい、これ!」
シャルロットが誇らしげに取り出したのは、小さな魔道具のランプだった。丁寧な作りで、確かに以前の彼女からは想像もつかない出来栄えだ。
「本当だ、すごいじゃないか」
「でしょう!? あなたのおかげ、じゃなくて、私の努力の結果よ! 勘違いしないでよね!」
「わかってる、わかってる」
素直じゃない言い回しに、ニコラスとフェリックスは思わず顔を見合わせて笑った。
「な、何よその顔! 馬鹿にしてるの!?」
「してないしてない。ただ、シャルロットらしいなと思って」
「な……!」
真っ赤になって黙り込むシャルロットを見て、ソフィアがくすりと笑う。
「シャルロット様、本当に頑張られましたよね。夜遅くまで練習室に籠っているところ、何度もお見かけしました」
「ソ、ソフィア! 余計なこと言わないでよ!」
「余計なことじゃないと思いますけど……」
賑やかなやり取りが続く食堂に、いつもの日常が戻ってきていた。
放課後、庭の噴水のそばで、ニコラスはシャルロットの練習に付き合っていた。
「今日は最初から自分の力だけでやってみようか」
「わかってるわよ。見てなさい」
シャルロットが集中した表情で魔力を練り上げる。淡い光が魔法陣に沿って滑らかに流れていく様子は、以前の危なっかしさが嘘のようだった。
「……できた」
「うん、完璧だ。もう暴走の心配はなさそうだな」
「当然でしょ。この私が本気を出せば、これくらい朝飯前よ」
そう言いながらも、シャルロットの表情はどこか安堵したように緩んでいた。
「ニコラス、その……」
「ん?」
「色々、ありがとう。練習に付き合ってくれたことも、あと、今回の騒動のことも」
「今回の騒動? 別に何もしてないだろ」
「してるわよ。ちゃんと冷静に対処してくれたじゃない。……あなたがいなかったら、私、もっと感情的になって、色々こじらせてたと思うから」
珍しく素直な言葉に、ニコラスは少し驚きながらも微笑んだ。
「どういたしまして」
夕暮れの光の中、噴水の水音だけが静かに響いていた。嵐のような騒動が過ぎ去った後の、穏やかな時間。
だが、この平穏がいつまで続くのか、ニコラスにはまだわからなかった。
第54話へ続く




