第50話 エミリーという少女
翌日の合同授業は、薬草学だった。A組とB組が一緒に温室で実習を行うこの授業は、確かに自然に接触できる絶好の機会だった。
「あの子だ」
フェリックスが小声で指差した先に、一人の少女がいた。癖のない栗色の髪を三つ編みにした、線の細い女子生徒だ。俯きがちに一人で薬草の仕分け作業をしている。
「よし、俺が話しかけてみる」
「フェリックス、あんまり露骨に探るような感じにしないでね」
「わかってるって。任せろ」
フェリックスは自然な足取りでエミリーに近づいていった。
「あ、これ、根っこの向きが逆じゃない? こっちの方が薬効高いよ」
「え、あ……ありがとう、ございます」
か細い声だった。目を合わせようとせず、終始おどおどした様子が見て取れる。
「エミリーさんだよね? 俺、A組のフェリックス。よろしく」
「は、はい……よろしくお願いします」
そこにニコラスたちもさりげなく合流した。
「俺はニコラス。実は先日、魔道具学の実習でお世話になった教室、覗きに来てたよね?」
できるだけ何気ない口調で切り出したつもりだったが、その瞬間、エミリーの肩がびくりと跳ねた。
「な、なんのことでしょうか……」
「教科書を忘れたとかで、少しだけ入ったって、クレア先生から聞いたんだ。別に責めてるわけじゃないよ」
「……はい、そうです。少しだけ、お借りしました」
視線が完全に泳いでいる。嘘をついている、というより、何かに怯えているような態度だった。
「エミリーさん、大丈夫? 顔色、あまり良くないですけど……」
ソフィアが心配そうに声をかけると、エミリーの目にみるみる涙が浮かんだ。
「ご、ごめんなさい……私、本当は……」
「エミリーさん?」
「わ、私、命令されたんです。レイモンド家の方から……」
震える声で、彼女はぽつりぽつりと話し始めた。
「実習室に忍び込んで、設計図を書き写してくるようにって。母が、レイモンド家に長年お世話になっている身で……逆らえなくて……」
その言葉に、シャルロットが小さく息を呑んだ。
「やっぱり、レイモンド家が……」
「本当にごめんなさい……! でも、断ったら、母が仕事を失うかもしれないって言われて……」
エミリーは今にも泣き崩れそうな様子で、両手で顔を覆った。周りの生徒たちが何事かとこちらを振り返り始める。
「大丈夫、落ち着いて」
ニコラスは努めて穏やかな声で言った。
「君を責めるつもりはないよ。立場的に、断れなかったんだろう?」
「でも、わたしのせいで、ニコラスさんの努力が……!」
「それは君のせいじゃない。命令したレイモンド家の問題だ」
「ニコラス君の言う通りです。エミリーさんは、悪くありません」
ソフィアが優しく肩に手を置く。エミリーは涙を拭いながら、それでも申し訳なさそうに俯いていた。
「一つだけ、教えてほしい。誰が具体的に、君に命令したんだ?」
ニコラスの問いに、エミリーは少し躊躇した後、小さな声で答えた。
「ガレス様の、専属執事の方です。ガレス様ご自身が知っているかは、わかりません……」
その名前に、フェリックスとシャルロットが顔を見合わせた。
「ガレス本人じゃなくて、執事が独断で……ってこともありうるってことか」
「ちょっと待って。それなら、ガレスは今回の件、本当に何も知らない可能性があるってこと?」
シャルロットの疑問に、ニコラスも考え込んだ。武芸大会以降のガレスの態度の変化を思い出すと、彼がこんな卑劣な手段を取るとは、正直考えにくかった。
「これは……一度、直接確かめる必要があるかもしれないな」
温室に差し込む午後の光の中、新たな謎がまた一つ、静かに姿を現していた。
第51話へ続く




