第5話「クラス分けと、初めての魔法演習」
実技授業から数日後、生徒たちは掲示板の前に集まっていた。今後のクラス編成を知らせる紙が貼り出されたのだ。
「あった、俺の名前……B組か」
ルーカスが指でなぞりながら自分の名前を探し出す。ざわめきの中、ニコラスも自分の名前を探した。
「僕はA組だって。ニコラスは?」
フェリックスの問いに、ニコラスは掲示板の上の方を確認する。
「僕もA組みたいだ」
「あら、私もA組ですわ」
シャルロットが涼しい顔でそう言い添える。彼女の隣で、ソフィアも小さく頷いた。
「わ、私も……よかった、一緒だ」
こうして、ニコラス、フェリックス、シャルロット、ソフィアの四人はA組に、剣術に自信のあるルーカスは、より実技寄りのカリキュラムを組むB組へと振り分けられることになった。学年が上がれば交流の機会もあるとのことで、五人の間に大きな溝ができるわけではなかったが、ルーカスは少しだけ不満げな顔をしていた。
「なんで俺だけ違うクラスなんだよ」
「ルーカスは実技寄りだからでしょ。座学、大の苦手じゃない」
フェリックスがからかうように言うと、ルーカスはむっとした顔をしながらも、反論できずに黙り込んだ。
そしてA組の掲示の一番上――目立つ位置に記された名前を見て、ニコラスは思わず眉を寄せた。
「エドワード……やっぱり同じクラスか」
「あら、それは大変ですわね」
シャルロットが扇の陰でくすりと笑う。伯爵家の嫡男であるエドワードは、当然のように最も優秀とされるA組に名を連ねていた。初日の一件以来、彼とはまともに口をきいていない。むしろ、あからさまに避けられているという方が正しいかもしれなかった。
A組の初めての授業は、魔法の基礎演習だった。担当するのは、若く快活な女性教師、レイラ先生だ。
「今日は皆さんに、基本の攻撃魔法――『火球』を実際に発動してもらいます。魔力操作の基礎ができていれば、誰でも扱える初歩の魔法です」
生徒たちは順番に、演習場の的に向かって小さな火球を放っていく。多くの生徒が、拳ほどの大きさの、頼りない炎を的に届かせるのがやっとだった。
「私も、頑張りますわね」
シャルロットが放った火球は、綺麗な軌道を描いて的の中心にぶつかり、周囲から小さな拍手が起きた。ソフィアも、緊張しながらではあったが、無事に着弾させることに成功する。
そして、エドワードの番になると、その火球は他の生徒たちのものより一回り大きく、力強い勢いで的を焼き焦がした。幼い頃から名のある魔導師について訓練を積んできたという噂は、どうやら本当らしい。
「これくらいは、当然だろう」
満足げに髪をかき上げるエドワードに、周囲から感嘆の声が漏れる。伯爵家の嫡男として、幼い頃から一流の家庭教師に師事してきただけあって、その実力は確かなものだった。
そして、ニコラスの番が来た。
「では、ローウェル。挑戦してみて」
レイラ先生に促され、ニコラスは的に向かって手をかざした。教わったばかりのイメージ通りに魔力を練り上げ、火球を形作る。
――放つ。
轟、という音とともに放たれた火球は、これまでの誰よりも大きく、そして速く的に飛んでいった。着弾と同時に、木製の的は音を立てて弾け飛び、演習場に小さなどよめきが広がった。
「え……」
ニコラス自身も、少し驚いていた。特別な力を込めたつもりはなく、ただ言われた通りの手順で魔力を練っただけのはずだった。
「た、ただいまの威力は……」
レイラ先生は言葉を失ったように、破壊された的とニコラスとを何度も見比べていた。周囲の生徒たちからも、戸惑いの視線が集まってくる。
「まぐれ、かな……」
「まぐれで的が吹き飛ぶわけないだろ」
隣にいたフェリックスが、呆れたように呟いた。
「なんか、コツを掴んだ気がしたんだけどな……」
ニコラスが首を傾げながらそう言うと、周囲の生徒たちからは失笑とも取れる空気が漂った。的を粉々にしておいて「コツを掴んだ」程度の感想しか出てこないことこそが、周囲との温度差を何よりも物語っていた。
「ローウェル君、その火球、加減はできる?」
レイラ先生がそう尋ねると、ニコラスは少し考え込んだ後、こくりと頷いた。
「多分、大丈夫だと思います」
そう言って再び手をかざし、今度はごく小さな、蝋燭の炎ほどの大きさの火球を的に向けて放つ。ふわりと的に触れたそれは、ほとんど痕跡を残さずに消えていった。先ほどの威力とは、まるで別人の魔法のようだった。
「威力の加減まで、初日でできるとは……」
レイラ先生は記録簿にペンを走らせながら、小さく息を吐いた。その表情には、驚きと、それを上回る戸惑いが浮かんでいた。
授業の終わり、レイラ先生はニコラスを呼び止め、何やら熱心に質問を重ねていたが、ニコラス自身、明確な答えを返すことができなかった。「なんとなく、こうすればいいと思って」――それ以上の説明のしようがなかったからだ。
その様子を、教室の隅からエドワードが静かに見つめていた。先ほどまでの自信に満ちた表情には、わずかな翳りが差している。
「……ただの村人が」
低く呟かれたその言葉には、単なる侮蔑だけではない、何か別の感情が滲んでいるようにも聞こえた。だが、それに気づいた者は、この場に誰一人としていなかった。
その日の夜、寮の自室に戻ったニコラスは、ベッドに寝転がりながら、今日の出来事を振り返っていた。
(また、やっちゃったな……)
的が吹き飛んだ瞬間の、周囲の驚いた顔が脳裏に浮かぶ。剣術の時もそうだったが、自分では特別なことをしているつもりはまるでなかった。ただ、教わった手順を、素直になぞっているだけのはずなのに。
「魔力操作の基礎ができていれば、誰でも扱える初歩の魔法……か」
レイラ先生の言葉を思い出しながら、ニコラスは小さく呟いた。もしかすると、自分にとっての「基礎」と、他の生徒たちにとっての「基礎」は、根本的なところで何かが違うのかもしれない――そんな漠然とした予感が、胸の奥をかすめる。
けれど、それが具体的にどういうことなのか、十歳の少年には、まだ言葉にすることができなかった。
翌朝、食堂に向かう道すがら、ニコラスはフェリックスに呼び止められた。
「なあ、昨日の火球のことなんだけどさ」
「ああ、うん。びっくりしたよね、僕も」
「びっくりしたのはこっちだよ。お前、本当に自覚ないのか?」
フェリックスの声には、からかいの色は薄く、むしろ真剣な響きがあった。商家の息子らしく、物事の裏を読むことに長けた彼は、ニコラスの反応の一つ一つを、注意深く観察していた。
「自覚って言われても……本当に、普通にやってるつもりなんだよ」
「その『普通』が、俺たちの『普通』と違うんじゃないかって話をしてるんだけどな」
フェリックスはそう言うと、それ以上は深追いせず、話題を朝食の献立へと変えた。だが、その横顔には、まだどこか納得しきれていない様子が残っていた。
こうして、A組での日々が、少しずつ動き始めていた。誰もが薄々気づき始めながらも、まだ誰も、その正体を言い当てることができない――そんな違和感を胸に抱えたまま、学園一年目の日々は続いていく。
(第6話へ続く)




