第4話「初めての実技授業」
入学から数日が経ち、慣れない王都での生活にも少しずつ体が馴染んできた頃、待ちに待った実技の授業が始まった。
「今日は基礎剣術と基礎魔法の適性を見せてもらう。一人ずつ前に出て、この数日で習った型を披露するように。それを見て、今後のクラス分けの参考にする」
担当教師である初老の男、グレイソン先生は、そう淡々と告げた。声には長年教壇に立ってきた者特有の落ち着きがある。教室の外、広々とした演習場には、真新しい制服に身を包んだ一年生たちがずらりと並び、緊張した面持ちで順番を待っていた。
「緊張するなぁ……」
隣に立つソフィアが、小さな声でそう呟いた。控えめな性格の彼女は、こうして衆目を集める場が特に苦手らしい。指先が落ち着きなく制服の裾を弄っている。
「大丈夫よ、ソフィア。私たちは平均的にできれば、それで十分なんだから」
シャルロットが扇を軽く振りながら、余裕たっぷりにそう答える。その言葉通り、二人とも剣術も魔法も突出しているわけではないが、決して見劣りするほどでもない、堅実な実力を持っていた。むしろ、この年齢でそつなく両方をこなせるだけでも、十分に優秀な部類だとニコラスは思っていた。
一人、また一人と順番が進んでいく。ルーカスの番になると、彼は迷いのない動きで剣の型を披露し、教師から小さく頷かれた。
「筋はいい。基礎はしっかり仕込まれているようだな」
「田舎の道場で、じいさんに叩き込まれましたから」
ルーカスは得意げに胸を張った。逆に、魔法の適性検査になると、途端に集中力を失い、灯した光もすぐに消えてしまう有様だった。「剣一本でやっていくんで」と本人はどこ吹く風だったが。
フェリックスの番になると、剣を振るう手つきはどこかぎこちなく、演習場のあちこちから小さな笑い声が漏れた。
「ま、まあ僕は頭脳労働担当ということで……」
そう言い訳するフェリックスに、教師は苦笑しながら次の演習――簡単な計算問題と、この国の交易の仕組みについての口頭質問――を出した。すると、フェリックスは水を得た魚のように淀みなく答えてみせ、今度は感嘆の声が上がった。剣は振れずとも、頭の回転の速さは折り紙付きらしい。
そして、ニコラスの番が回ってきた。
「では、ローウェル。基礎剣術の型を」
教師に促され、ニコラスは前に進み出た。渡された木剣を構え、教わったばかりの型を思い出しながら、ゆっくりと振り下ろす。
一つ、二つ、三つ――。
型自体は、特に変わったものではなかった。だが、剣を振るう合間、ニコラスは無意識のうちに、足運びに軽い身体強化を織り交ぜていた。動きに一切の無駄がなく、まるで何年も鍛錬を積んだ剣士のような滑らかさがあった。父ヴィルに教わった通りに、自然と体が動いているだけのつもりだった。
「……もう一度、同じ動きを見せてくれ」
教師の声色が、わずかに変わった。ニコラスは首を傾げながらも、言われた通り同じ型を繰り返す。今度は、剣先にほんの小さな魔力の光が纏わりついていることに、周囲の生徒たちも気づき始めた。
「あれ、光ってないか……?」
「まさか、もう魔力を剣に乗せてるの……?」
ざわめきが広がる中、教師は眉根を寄せながら手元の記録簿に何かを書き込んでいた。まだ入学して数日の生徒が、無意識のうちに剣術と魔法を同時に扱っている――それがどれほど珍しいことか、グレイソン先生は誰よりも理解していた。だが、それ以上深く追及することはなく、「悪くない」とだけ告げて、次の生徒に順番を移した。
ニコラス自身は、周囲の反応に少し戸惑いながらも、それほど気にする様子はなかった。
「なんか、見られてた気がする」
「そりゃそうだろ、お前の剣、明らかに俺らと動きが違ったし」
ルーカスが呆れたように肩をすくめる。フェリックスも興味深そうに顎に手を当てていた。
「無意識に魔力使ってたみたいだけど……自覚なかったの?」
「え、うん。なんか、こうした方がいいかなって、それだけで」
ニコラスの返答に、周囲の四人は顔を見合わせた。剣術と魔法を無意識のうちに組み合わせるというのは、この年齢の子供にできることではない。だが、当のニコラスにその自覚がまるでないせいで、誰もそれを「異常」だと明確に指摘できずにいた。シャルロットなどは「まあ、田舎育ちの子は野性の勘が鋭いのかしら」などと、独自の解釈で納得しかけていたほどだ。
演習場の隅、教室に戻る一同を、冷ややかな視線が追っていた。
「……ローウェル、か」
エドワードは腕を組んだまま、小さくそう呟いた。先ほどの型を、彼は誰よりも鋭く観察していた。剣術の教師を父に持ち、幼い頃から高度な訓練を受けてきた自分だからこそ分かる、あの動きの異質さ。あれは、決して「筋がいい」などという言葉で片付けられるものではなかった。
「面白い。せいぜい、見せてもらおうじゃないか」
その呟きは、周囲の喧騒にかき消され、誰の耳にも届くことはなかった。
放課後、寮の食堂に集まった五人は、その日あった出来事を口々に語り合っていた。学園の寮生活は、王都から離れた場所に実家を持つ生徒にとって当たり前のことで、ニコラスもその一人だった。
「それにしても、ニコラスってさ、意外と器用なんだな」
ルーカスが焼き立てのパンを頬張りながら、感心したように言った。
「器用っていうか……体が勝手に動いた、って感じかな」
「その『体が勝手に動く』が普通できないんだよ」
フェリックスが呆れ半分、興味半分といった調子で口を挟む。商家の息子らしく、彼は物事の裏側や理屈を考えるのが好きなタイプだった。
「もしかして、ニコラスって将来すごい冒険者になったりして」
ソフィアが控えめながらも、少し期待の滲んだ声でそう言った。普段はあまり自分から発言しない彼女だが、こういう時にはふと本音がこぼれる。
「うちの両親、二人とも元有名冒険者だからね。何か受け継いでるのかも」
ニコラスは軽い調子でそう答えたが、内心では違うことを考えていた。
(いや、受け継いだというより……前世の記憶と、この体の相性がいいだけ、なんだよな)
三十年以上生きた前世の経験が、五感や反射神経の使い方を、どこか合理的な方向へ導いているような感覚があった。だが、それを言葉で説明することはできない。誰にも打ち明けたことのない秘密を抱えたまま、ニコラスはただ曖昧に笑って、話題をやり過ごした。
「まあ、これから六年間、よろしく頼むよ。皆と一緒なら、退屈しなさそうだ」
その言葉に、シャルロットが優雅に、しかしどこか楽しそうに微笑んだ。
「あら、退屈させないのはこちらの台詞ですわ、ニコラス」
食堂の窓の外では、王都の夕暮れが、赤々とした光を街並みに落としていた。ミレット村よりも高く、広く感じる王都の空。故郷を離れたばかりの心細さと、これから始まる六年間への漠然とした期待が、胸の中で入り混じっていた。
学園生活一年目、まだ誰もが本当の意味では気づいていない。この、どこにでもいそうな平凡な少年の中に、どれほどの規格外が眠っているのかを。
(第5話へ続く)




