第3話「エルデシア王立学園」
十歳になった春、ニコラスはエルデシア王立学園の門をくぐった。
王都の中心部にそびえるその学園は、ミレット村では見たこともない立派な石造りの建物だった。高い尖塔、広々とした中庭、そして各地から集まってきた同年代の子供たち。見るもの全てが新鮮で、ニコラスは思わずきょろきょろと辺りを見回してしまった。
「田舎から出てきたばかりって顔してるな、お前」
そう声をかけてきたのは、日に焼けた肌と快活な笑顔が印象的な少年だった。
「ルーカスだ。よろしくな」
「ニコラスだよ。よろしく」
握手を交わしながら、ニコラスは素直にそう答えた。ルーカスは平民出身で、剣術に自信があるのだと、出会って早々に胸を張って語った。その代わり、座学は大の苦手らしい。
「僕はフェリックス。商家の三男坊さ。よろしくね、二人とも」
人懐っこい笑みを浮かべながら割り込んできたのは、身なりの整った少年だった。フェリックスは商人の家に生まれただけあって、計算や交渉ごとには自信があるが、剣術はからきしだと自分から白状した。
「戦えない商人になるくらいなら、口で勝つ商人になるさ」
そう言って笑うフェリックスに、ルーカスが呆れたように肩をすくめる。性格も得意分野も正反対の二人だったが、なぜかすぐに打ち解け、ニコラスを含めた三人は、あっという間に自然な調子で言葉を交わすようになっていた。
入学式の後、教室に案内される道すがら、ニコラスはさらに二人の少女と出会うことになる。
「あら、あなたが噂の……いいえ、失礼、初対面でしたわね」
見事な縦ロールの髪を揺らしながらそう言ったのは、子爵家の令嬢、シャルロットだった。その隣には、対照的に控えめな雰囲気をまとった少女、ソフィアが寄り添うように立っている。ソフィアは男爵家の娘で、シャルロットとは幼い頃からの付き合いなのだという。
「よろしくお願いします、ニコラス様」
ソフィアが小さく頭を下げる。畏まった様子の彼女に、ニコラスは思わず苦笑した。
「様はやめてよ。ただの村の子だから」
「あら、謙遜なさらなくても。ローウェル家といえば、あの高名な元冒険者ご夫妻のご子息でしょう?」
シャルロットが扇を口元に当てながら、興味深そうに目を細める。両親の名は、王都でもそれなりに知られているらしい。少しばかり気恥ずかしさを覚えながらも、ニコラスは五人での他愛のない会話を、素直に楽しんでいた。
だが、教室に足を踏み入れた瞬間、その空気は一変する。
「――平民と、田舎貴族もどきばかりか」
冷ややかな声が響いた。窓際の席に座り、こちらを一瞥もせずに言い放ったのは、金糸で縁取られた制服を纏った少年だった。
「エドワード様……」
誰かがそう囁くのが聞こえた。エドワードは伯爵家の嫡男であり、この学年でも特に高い身分を持つ生徒の一人だという。整った顔立ちに浮かぶのは、隠しもしない侮蔑の色だった。
「僕たちのこと、知ってるみたいだね」
ニコラスが軽い調子でそう返すと、エドワードは初めてこちらに目を向けた。値踏みするような視線が、頭のてっぺんから爪先までを一通りなぞる。
「ローウェル、といったか。噂の元冒険者夫妻の息子が、どれほどのものか――今のところは、期待に値しないな」
「まだ何もしてないんだけどな」
ニコラスが肩をすくめて返すと、教室の空気がわずかにざわついた。ルーカスが小さく舌打ちし、フェリックスは苦笑いを浮かべている。エドワードは鼻を鳴らすと、それ以上は何も言わず、窓の外へと視線を戻した。
(前世で言うところの、いわゆる「お局様」タイプってやつか)
内心でそう独りごちながら、ニコラスは自分の席へと向かった。子供らしい無邪気さの奥で、時折こうした達観した物の見方をしてしまうのは、前世の記憶を持つ自分の性なのだろう。
窓の外には、王都の空が広がっていた。ミレット村とは違う、少しだけ埃っぽい、けれど確かに未来への期待に満ちた空気。
六年間続く学園生活の幕が、今、静かに上がろうとしていた。
(第4話へ続く)




