第47話 忍び寄る影
翌朝、ニコラスが食堂に着くと、いつもと違う空気が漂っていた。生徂たちが数人固まって、何やらひそひそと話し込んでいる。
「なあ、聞いたか例の噂」
「まさか本当なのか……?」
「フェリックス、何かあったのか?」
いつもの席につくと、フェリックスが珍しく硬い表情でパンを持ったまま固まっていた。
「ニコラス……これ、見てくれ」
差し出されたのは一枚の羊皮紙。王都の商業ギルドから発行された「魔道具情報公示」というものだった。目を通した瞬間、ニコラスの背筋が凍りついた。
『保冷魔道具、類似品出現。特許紛争の兆しか』
「な、なんだこれ……」
「レイモンド商会が、ほぼ同じ機能の魔道具を独自開発したって発表したんだよ。しかも構造図まで似てる」
「そんな、まさか……」
胸の奥がざわつく。先日のガレスの訪問。あの時、商談を断ったはずだった。だが、もしかしたらあの訪問自体が――
「情報を盗まれた可能性がある、ってことか」
「断言はできないけどな。ただ、タイミングが良すぎる」
食堂の隅で、バルトロさんからの緊急の呼び出し状を持った使いの少年が、こちらを探すようにきょろきょろしているのが見えた。
「ニコラス様! いらっしゃいましたか、ギルドから至急の呼び出しです!」
「わかった、すぐ行く」
慌ただしく席を立つニコラスに、ソフィアが心配そうな顔で声をかけた。
「ニコラス君、大丈夫ですか……?」
「わからない。でも、行かないと」
「私も一緒に行きます」
「シャルロットも来るのか?」
「当然でしょ。あなた一人じゃ、また不利な条件で丸め込まれかねないじゃない」
その言葉に反論できず、ニコラスは苦笑いを浮かべた。結局、フェリックス、ソフィア、シャルロットの三人を連れて、魔道具ギルドの応接室へと向かうことになった。
「よくぞいらっしゃいました、ニコラス様」
バルトロさんの表情はいつになく険しかった。テーブルには、先ほど見たものと同じ構造図が広げられている。
「これは……本当にレイモンド商会が?」
「ええ。しかも困ったことに、彼らは『独自に開発した』と主張しております。構造の類似性だけでは、盗用の証拠として弱いのです」
「そんな……」
「ただ、一つ気になる点がございます」
バルトロさんが図面の一部を指差した。
「この魔法陣の描き方の癖。ニコラス様が最初に提出された設計図と、細部の筆致まで酷似しております。これは、模倣元の設計図そのものを見なければ、まず再現できない特徴です」
「それって……」
「誰かが、設計図の実物を流出させた可能性がある、ということです」
その言葉に、応接室の空気が一気に張り詰めた。フェリックスが眉根を寄せる。
「流出したとしたら、いつ、どこから……」
「わたくしどもギルド内部からの流出とは考えたくありませんが、可能性はゼロではございません。それと――」
バルトロさんが言葉を切り、少し言いにくそうにニコラスを見た。
「学園内から流出した可能性も、視野に入れねばなりません」
「学園内から……」
その瞬間、ニコラスの脳裏に、あの実習の日の光景がよぎった。魔道具学の授業。設計図を広げて作業していた教室。あの場には、クラスメイト全員がいたはずだ。
「まさか、誰かが……」
言いかけた言葉を、シャルロットが遮った。
「今、犯人捜しをしても仕方ないでしょ。まずは、この特許紛争にどう対応するかを考えないと」
「シャルロットの言う通りだ」とフェリックス。「感情的になるのは後回しにしよう」
「……そうだな」
冷静な二人の言葉に、ニコラスは深呼吸をして頷いた。だが、胸の奥にはどうしても拭えないざわめきが残っていた。
もし本当に、身近な誰かが情報を流したのだとしたら――。
三年目の穏やかな日常に、初めて本格的な影が差し込んだ瞬間だった。
第48話へ続く




