第39話「ニコラスの選択」
選択科目の提出期限が近づいたある日、ニコラスは一人、掲示板の前で科目一覧を眺めながら悩んでいた。
「まだ決めてなかったのか」
背後から声をかけてきたのは、既に上級剣術を選んだエドワードだった。
「うん、どれも面白そうで、逆に絞れなくてさ」
「贅沢な悩みだな、それは」
エドワードが呆れたようにそう言うと、ニコラスは苦笑した。
「まあ、そうなんだけどね」
そこへ、フェリックスとルーカスも合流してきた。
「まだ悩んでるのか、ニコラス」
「うん。魔道具学も面白そうだし、外交学もフェリックスがいるなら楽しそうだし……」
「じゃあ、いっそのこと全部履修すればいいじゃないか」
フェリックスが冗談めかしてそう言うと、エドワードが真顔で切り返した。
「それは、規則上できない仕組みになっている」
「分かってるよ、冗談だって」
そんなやり取りに、周囲は思わず笑った。
その日の午後、ニコラスは思い切って、魔道具学の授業を担当するという教師の元を訪ね、話を聞いてみることにした。
「魔道具学は、魔法とスキルを組み合わせた応用分野だ。実用性が高く、冒険者としての活動にも直結する知識が多い」
教師の説明を聞きながら、ニコラスは徐々に興味を惹かれていった。
「僕、これに決めようと思います」
「ほう、いい選択だ。お前の実力なら、きっと大きく伸ばせるだろう」
こうして、ニコラスは魔道具学を選択することに決めた。
その日の夕食の席、ニコラスが選択科目を報告すると、フェリックスが目を輝かせた。
「魔道具学か! それ、僕も気になってたんだよな」
「じゃあ、変更するのか?」
ルーカスが尋ねると、フェリックスは首を振った。
「いや、外交学は既に決めちゃったからな。でも、今度時間があったら、ニコラスに教えてもらおうかな」
「それなら、いつでも教えるよ」
ニコラスがそう答えると、フェリックスは満足げに頷いた。
数日後、魔道具学の初回授業が行われた。教室には、様々な学年の生徒たちが集まっており、これまでの必修科目とは違う、専門的な雰囲気が漂っていた。
「今日は、基本的な魔道具の構造について学んでいく」
担当教師の説明とともに配られたのは、簡素な作りの照明用魔道具だった。
「これを分解して、内部の魔石回路がどうなっているか確認してみよう」
生徒たちがそれぞれ作業を始める中、ニコラスは興味深そうに魔道具を分解し、内部の構造を丁寧に観察していった。
「なるほど、こうやって魔力を安定させているのか」
前世で電化製品の仕組みに触れたことのある記憶が、思わぬ形で役に立っていた。基本原理さえ理解できれば、応用も利くはずだと、ニコラスは静かに手を動かし続けた。
「ローウェル、随分と手際がいいな」
教師がそう感心したように声をかけると、ニコラスは軽く頭をかいた。
「ちょっと、興味があったので」
その様子を、少し離れた場所から見ていた生徒の一人が、感嘆の声を漏らした。
「規格外って、こういうところにも表れるんだな」
授業を終えた後、ニコラスは充実感を胸に、教室を後にした。新しい分野に触れることで、これまでとは違う視点から、自分の力を活かせる可能性を感じ始めていた。
学園三年目、それぞれの選んだ道が、少しずつ形になり始めていた。窓の外に広がる夕暮れの空の下、ニコラスは仲間たちの待つ場所へと、軽やかな足取りで向かっていった。
食堂に着くと、既に集まっていた仲間たちが、口々に今日の授業の感想を語り合っていた。
「上級剣術、思ったよりハードだったな」
ルーカスが疲れた様子でそう言うと、エドワードも同意するように頷いた。
「基礎とはいえ、内容の密度が全く違うな」
「僕の外交学は、座学中心だから、体力的には楽だったよ」
フェリックスがそう言うと、ルーカスが恨めしそうな視線を向けた。
「お前、それずるくないか」
「頭を使う分、それはそれで大変なんだって」
そんな軽いやり取りに、シャルロットとソフィアもくすくすと笑った。
「魔道具学は、どうだった?」
ソフィアが尋ねると、ニコラスは笑顔で答えた。
「すごく面白かったよ。前世の知識も、意外なところで役立ちそうな感じがしてる」
「前世の知識?」
エドワードが不思議そうに首を傾げると、ニコラスは慌てて誤魔化した。
「あ、いや、なんでもないよ。ただの独り言」
「また、それか」
エドワードが呆れたようにそう言うと、周囲にはまた温かな笑いが広がった。それぞれ違う道を歩み始めても、こうして食卓を囲む時間は、変わらず六人にとってかけがえのないものだった。
食事を終え、寮への帰り道、ニコラスはふと空を見上げた。星々が瞬く夜空の下、これから始まる新しい学びへの期待が、静かに胸の中で膨らんでいた。
(第40話へ続く)




