第36話「夏祭りの夜」
武芸大会の熱狂も落ち着いた頃、学園には夏を告げる、恒例の「灯火祭り」の季節がやってきていた。
「灯火祭りって、どんなお祭りなんだ?」
ルーカスが尋ねると、シャルロットが扇を広げながら説明した。
「王都全体で行われる、夏の伝統行事よ。夜になると、街中に灯籠が灯されて、とても幻想的な光景になるの」
「学園の生徒も、自由に参加していいのか?」
「ええ、今年は特別に、学園主催の屋台も出るそうよ」
その説明に、フェリックスが目を輝かせた。
「屋台! それは僕の出番じゃないか!」
「その台詞、また何か企んでる顔してるわね」
シャルロットが胡乱げな視線を向けると、フェリックスは慌てて首を振った。
「い、今回はちゃんとした真っ当な企画だから! もう占いクッキーみたいな失敗はしないさ」
「その意気込み自体が不安なんだけど」
ニコラスが苦笑しながらそう突っ込むと、教室にはいつも通りの笑いが広がった。
祭り当日、学園の中庭には、色とりどりの灯籠と、いくつもの屋台が立ち並んでいた。夕暮れとともに灯された明かりが、辺り一帯を幻想的な光景に変えていく。
「わあ、綺麗ですね……」
ソフィアが感嘆の声を漏らしながら、灯籠の明かりを見上げた。
「本当に。こういう景色、何度見ても飽きないわね」
シャルロットも珍しく、素直に感動した様子を見せている。
フェリックスの出店した屋台は、今回は「射的」だった。
「さあさあ、腕試しはいかが! 商品は僕手作りの木彫り人形だ!」
「木彫り人形って、フェリックス、彫刻の腕あったっけ?」
ルーカスが不思議そうに尋ねると、フェリックスは得意げに答えた。
「実は密かに練習してたんだよ。ほら、これなんて結構良くできてるだろ?」
差し出された人形は、確かに丁寧な作りではあったものの、どこか奇妙な表情をしていた。
「これ、何を彫ったつもりなんだ?」
「猫、なんだけど……」
その微妙な出来栄えに、周囲は思わず吹き出してしまった。
「これはこれで、味があると思うわよ」
シャルロットがそう慰めると、フェリックスは複雑そうな表情を浮かべた。
「褒められてる気がしないんだけど……」
そんな騒動を横目に、ニコラスとエドワードは、少し離れた場所で夜空を見上げていた。
「にしても、こうしてゆっくり祭りを楽しむのも、悪くないものだな」
エドワードがしみじみとそう呟く。
「うん。この一年、色々あったけど、こういう時間があるから頑張れるんだと思う」
「同感だ」
二人はしばらく無言のまま、灯籠の明かりに照らされた夜景を眺めていた。
「あ、あそこに射的で人形もらいに行ったソフィアがいる」
ニコラスがそう指差すと、ソフィアが嬉しそうに、フェリックスの奇妙な猫人形を抱えて戻ってきていた。
「これ、私、気に入りました」
「そ、そう? ありがとう、ソフィア」
素直な感想に、フェリックスは照れくさそうに頬をかいた。その様子を見ていたルーカスが、からかうように口を挟んだ。
「お前、ソフィアに褒められて、めちゃくちゃ嬉しそうな顔してるぞ」
「う、うるさいな!」
慌てて否定するフェリックスの様子に、周囲にはまた温かな笑いが広がった。
夜が更けるにつれ、灯籠の明かりは一層幻想的な輝きを増していった。六人は連れ立って屋台を巡りながら、他愛のない話に花を咲かせ、夏の夜を存分に楽しんだ。
祭りの終わり、それぞれが手にした小さな灯籠を空へと放つ、伝統の「灯籠流し」の儀式が始まった。無数の灯りが夜空に舞い上がっていく様子は、まさに息を呑むほどの美しさだった。
「綺麗ね……」
シャルロットが静かにそう呟くと、全員が同じ景色に見入っていた。
学園二年目の夏、こうして刻まれた温かな思い出は、これから先も、きっと色褪せることなく、六人の胸に残り続けていくのだろう。
寮への帰り道、ニコラスはふと隣を歩くエドワードに声をかけた。
「今日は、誘ってくれてありがとう」
「別に、誘ったのはルーカスたちだろう」
「まあ、そうなんだけど。でも、こうしてみんなと一緒に過ごせるのが、本当に嬉しいんだ」
その素直な言葉に、エドワードは一瞬驚いたような顔をした後、小さく笑みを浮かべた。
「……お前は、本当に変わった奴だな。だが、悪くない」
「褒め言葉として受け取っておくよ」
二人はそう言葉を交わしながら、夜空に浮かぶ無数の灯籠を見上げた。前世では経験することのなかった、こうした温かな季節の行事の数々。それは、ニコラスにとって、この世界で生きることの喜びを、改めて実感させてくれるものだった。
「さて、明日からはまた、いつも通りの学園生活だな」
エドワードがそう言うと、ニコラスも頷いた。
「うん。また明日からも頑張ろう」
穏やかな夏の夜風が、二人の間を静かに吹き抜けていった。
(第37話へ続く)




